2022/01/18

第5部 西の海     1

  大統領警護隊は大統領を警護するのが本業と言うことになっているので、支部は基本的に設けていない。しかし、文化・教育省に文化保護担当部を置いているし、外務省や内務省、国防省などに隊員を事務官として派遣している。更に南北の国境警備隊にも数名ずつ派遣していた。本部はグラダ・シティにある。東海岸地方の大都市で当然ながら首都だ。それなら太平洋側の西海岸にも何らかの組織を置いているのではないか、とテオドール・アルストは思った。それで文化保護担当部の友人達と夕食をとっている時に、それを訊いてみた。

「太平洋警備室のことですか?」

とマハルダ・デネロス少尉が言った。

「太平洋警備室? そんな部署があるのかい?」
「ありますけど・・・」

 デネロスはちょっと困って上官のケツァル少佐を見た。

「私はよく知らないんです。名前を聞いたことがあるだけで・・・」
「私も知りません。」

とアンドレ・ギャラガ少尉も言った。彼は声を低めた。

「噂では、左遷部署だと・・・」
「おい、アンドレ・・・」

と最近中尉に昇級したばかりのアスルが注意した。警護隊の中での噂話を外で喋るのはマナー違反だ。ギャラガが小さく舌を出して黙り込んだ。ロホがクスクス笑った。彼もアスルの昇級に1週間遅れて大尉に昇級した。2人の少尉の教育はアスルことクワコ中尉に任せて、彼自身は指揮官ケツァル少佐の副官として忙しい毎日を送っている。だがセルバ人はオン・オフをはっきりさせる国民だ。どんなに仕事が忙しくても、夕方業務時間が終わると、途端にリラックスムードになるのだ。だから、テオは今彼等とバルで暢んびり過ごしているのだった。
 少佐が説明した。

「我が国は海軍を持っていません。太平洋岸は沿岸警備隊と陸軍の水上部隊が警護しています。大統領警護隊は陸軍水上部隊の基地の隣に太平洋警備室を設置して、5名の隊員を常駐させています。現地出身の隊員ばかりなので、あまり本部の隊員達と馴染みがないのです。彼等は交代でたまに本部へ研修に戻って来ますが、私達は滅多に出会いません。」
「5名だけの部署? まるで文化保護担当部みたいだな。」

 そうですね、とロホとデネロスが笑い、アスルは「けっ」と言った。ギャラガは好奇心を抱いたらしく、少佐に質問した。

「指揮官は何方ですか?」
「指揮官ですか?」

 ケツァル少佐が珍しく考えた。本当に普段繋がりのない部署らしい。恐らく遺跡にも関係しないのだろう。数秒考えてから、彼女は思い出した。

「カロ・キロス中佐です。」

 テオは部下達が反応しないことに気がついた。全員知らないのだ、その中佐を。だから少佐が説明した。

「フルネームはカロリス・キロスです。Zで終わるキロスです。」

そう言われても、やっぱり誰も反応しなかった。テオは仕方なく尋ねた。

「カロリスと言うからには、女性なんだな?」
「スィ。私が少佐になった頃には既に中佐でしたし、太平洋警備室の指揮官でしたから、お会いしたのは1回だけです。中佐が何かの用件で本部に来られたのです。それで副司令が、ついでだからとその時に本部内にいた少佐以上の隊員を集めて紹介して下さいました。物静かな方と言う印象でした。それだけです、私が彼女について知っているのは。」
「他の隊員は?」
「知りません。本部ですれ違ったかも知れませんが、互いに名乗りませんから。」
「まぁ、そうですね・・・」

 ロホが肩をすくめた。

「太平洋警備室と言うからには、船に乗ったり、海上警備をするんだろ?」
「それは沿岸警備隊の仕事です。」
「じゃ、キロス中佐と4人の隊員は何をしているんだ?」

 答えが誰からも出てこなかった。少し考えてから、ロホが言った。

「太平洋岸の人口は少ないです。セルバ人の漁業はカリブ海側が盛んで、太平洋側は隣国の方が強いのです。セルバの海岸線は短いですから。だから太平洋警備室は、海沿いの村の住民や西側の鉱山の労働者や、オルガ・グランデの守護を行っている、その程度しか私にはわかりません。」

 テオは頭の中でセルバ共和国の地図を描いた。確かに、セルバ共和国第2の都市オルガ・グランデは太平洋に近い。鉱石の積出は太平洋岸の港から行う。しかし彼は何故かあの都市の守護は、陸軍のオルガ・グランデ基地に本部から隊員が派遣されて行うものだと勝手に思い込んでいた。その方が効率が良いのではないのか?
 そこまで考えて、一つの長い間の謎が解けた。シュカワラスキ・マナが一族と戦った時、オルガ・グランデは彼の結界に取り込まれた。もし大統領警護隊がオルガ・グランデに駐在していたら、そんな事態にならなかった筈だ。つまり、オルガ・グランデを守護する役目の大統領警護隊は、オルガ・グランデにはいなかったのだ。離れた海辺にいたから、シュカワラスキ・マナに隙をつかれた。

「どうして大統領警護隊は、オルガ・グランデに守護の拠点を置かないんだ?」

 すると、ケツァル少佐とロホ、アスルが目を交わし合った。”心話”だ。2人の少尉は仲間外れか? アスルが「オホン」と咳払いした。そして言った。

「オルガ・グランデに地下墓地が多いことを、あんたは知ってるな、ドクトル?」
「スィ。」
「あの街は古代、聖なる墓所だった。”シエロ”の時代も”ティエラ”の時代になっても。植民地になって都市が造られたが、我々の力で眠っている先人達を起こしてはならない。だから大統領警護隊は、訪問はしても常駐はしない。住み着いている”シエロ”は少ない。住んでいたとしても、力が大きくないカイナ族やマスケゴ族だ。メスティーソはいるが、普通に”ティエラ”に溶け込んでいる人々だ。だから守護は街の外から行う。」

 聖なる墓所。テオは、太陽の野に眠っている星の鯨を思い出した。死者の魂、それも英雄と呼ばれた人々の魂が暢んびりと暮らしているあの神秘的な空間。生きている者が踏み込んではいけない場所。

「わかった。」

とテオは言った。

「これ以上は質問しない。」

 彼はメニューを取り上げた。

「誰か、鶏の串焼きは要るかい?」

 アスルとギャラガが勢いよく手を上げ、少佐もそっと挙手した。


0 件のコメント:

第11部  紅い水晶     14

  ロカ・エテルナ社を出たケツァル少佐は自分の車に乗り込むと、電話を出して副官のロホにかけた。 ーーマルティネスです。  ロホが正式名で名乗った。勿論かけて来た相手が誰かはわかっている。少佐は「ミゲールです」とこちらも正式名で応えた。 「まだ詳細は不明ですが、霊的な現象による事案...