2022/01/17

第4部 花の風     30

  ミイラとなったアンドリュー・ウィッシャーのDNA分析結果が出た。テオはそれをアンドレ・ギャラガのDNAと比較した。そして無言でアスルに見せた。アスルは目を細めて2枚の細長いゲノム分析表を眺めた。そして、テオを見た。

「で?」

と彼は問いかけた。テオは真面目な顔で答えた。

「ウィッシャー家の人間はアンドレをアメリカへ連れて行けないってことさ。」

 アスルは彼を数秒間見つめ、それからゲノム表を投げ捨てた。

「だったらはっきりそう言えよ。アンドレはミイラと無関係なんだろ?」
「そうさ。」

 テオは笑いながらゲノム表を拾い上げ、それをビリビリと破った。

「偶然顔立ちが似ていただけだ。そしてアンドリュー・ウィッシャーが死んだ時期とアンドレが生まれた頃が近かった。おまけにウィッシャーの息子だと偽ってアンドリューに似た顔のウィンダムが現れたもんだから、ややこしくなったのさ。」

 アスルは「けっ」と吐き捨てるように声を出し、ソファの上に寝転がった。テオはダイニングの椅子に座って彼を眺めた。ケツァル少佐から週明け迄大人しくしていなさいと言われたので、アスルは出かけずに家の中にいる。サッカーに出かけても良いのに、とテオは思ったが、セルバ人はサッカーの勝敗に熱くなるので、この週末はフィールドに出ない方が無難だろう。

「アスル、昇級する時、本部で儀式の様なことをするのかい?」
「そんなものはしない。新しい階級章をもらうだけだ。」

 アスルは体を起こした。

「ロホが大尉になったら、またお祝いをしなきゃな。」
「君の昇級祝いと合同でやろうか?」
「俺はいい。ロホのお祝いだけだ。」

 照れ臭いのだ。もっとも乾杯の時に一緒に祝えば良いのだ。テオはそれ以上彼を追い詰めずに解放した。
 カルロ・ステファンが指導師の資格を取ったらお祝いをしたいとも言いたかったが、文化保護担当部のメンバー達はそれに一言も触れない。これもワイワイ祝う様なものではないのかも知れない。 だがテオはどんな些細な理由でも良いから、また皆で集まって騒ぎたいなぁと思うのだった。
 セルバではおめでたいことが続くことを「花の風が吹く」と言う。


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