2022/01/20

第5部 西の海     7

  約束の時間にカルロ・ステファン大尉がケツァル少佐のアパートを訪問した時、少佐はまだ夕食中だった。家政婦のカーラがステファンに食事はどうしますかと訊いたので、彼もいただくことにした。急な来客でも1人や2人の追加ならカーラは平気だ。
 向かい合って食べていると、数年前に戻った様な気分になった。カーラが帰り支度を始めたので、彼は席を立ち、彼女を見送った。この習慣も同じだった。彼女がタクシーに乗る前に彼は尋ねた。

「少佐はドクトルと上手くいってますか?」

 カーラはちょっと首を傾げた。

「休日のことはわかりません。でも月曜日の少佐はいつもご機嫌なので、上手くいっているのだと思いますよ。」

 ステファンは笑って彼女を送った。部屋に戻ると、少佐がテーブルの上の彼女自身の食器を片付けていた。彼の分はまだ残っていたのでそのままだ。彼が椅子に座ると、彼女が食器を洗っているうちに食べてしまいなさいと命じた。上官と部下というより、正に姉と弟だ。ステファンは温かいものを胸の内に感じ、その新しい感情にちょっと戸惑った。
 食事を終え、後片付けも終わってコーヒーを淹れてから、2人は改めて向かい合って座った。

「話とは何です?」

と少佐が先に切り出した。ステファンは質問した。

「指導師の試しに合格した後の最初の勤務は厨房班だと思いますが、他の部署に行かされることはよくあることですか?」

 厨房班は大統領警護隊の指導師の資格を持たなければ勤められない部署だ。本部にいる警護隊全員の食事の世話だけでなく、大統領の食事、大統領府での会食の世話もする。これには理由がある。そして指導者の資格を取った者は必ず最短でも半年は厨房班で勤務するのが慣習となっていた。(だから少佐以上の将校は全員料理が出来る。)

「他の部署?」

 訊かれて彼は言った。

「太平洋警備室です。」

 思いがけない部署の名が出て、ケツァル少佐は暫く沈黙した。偶然先日話題に出たばかりだ。指揮官のカロリス・キロス中佐は覚えているが、他の隊員は全く知らない。

「正式に辞令が出たのですか?」
「スィ。あちらの厨房で3ヶ月、それからこちらに戻って厨房で3ヶ月と命じられました。」
「エステベス大佐からですか?」
「ノ、エルドラン中佐とトーコ中佐のお2人からです。連名で辞令を出されました。」

 副司令官からの辞令なら、恒久的な地位を与えられるのではない。これは「任務」だ。

「太平洋警備室の厨房へ赴任とは聞いたことがありません。副司令お2人からの命令なら、それは臨時の身分を与えられて行う任務です。」
「やはりそう思われますか?」

 ステファンは腕を組んで考え込んだ。

「最初は本部の厨房班が定員一杯ではみ出したのかと思ったのですが、エルドラン中佐から向こうの隊員達の名簿を渡され、可能な限り情報を収集してから出発するようにと言われ、あちらで何か起きているのではと思っている所です。」
「あちらの様子は何も中佐から教えられていないのですね?」
「何も。寧ろ中佐達の方が情報を得たい様子でした。」

 ケツァル少佐も考え込んだ。本部から遠い分室で何か起きていても知りようがない。キロス中佐はマメに定時報告をしている筈だが、司令部に何らかの不安を感じさせる事象が起きているのかも知れない。

「太平洋警備室の厨房要員は1名ですね?」
「スィ。カイナ族のブリサ・フレータ少尉です。彼女と交代と言うことでもないのです。」
「他の隊員は?」
「中佐の副官のブーカ族のホセ・ガルソン大尉、同じくルカ・パエス中尉、マスケゴとカイナのミックスのホセ・ラバル少尉、以上です。キロス中佐以外は全員西海岸の出身です。」
「本部ではカイナ族とマスケゴ族はブーカとのミックスしかいませんから、確かに地域性はありますね。しかし特におかしい点はなさそうです。司令部は貴方に何を調べさせたいのでしょう?」
「エルドラン中佐はそれに関して何も仰いません。」

 ステファン大尉は冷めてしまったコーヒーを飲んだ。カップを置いて言った。

「不穏な動きがあるのであれば、副司令ははっきりそう仰ると思います。きっと何か掴みかねていることがあり、それが何か知りたいのでしょう。危険な任務とは思いませんが、軍人ですから常に用心を怠らぬよう勤務します。万が一・・・」

 少佐は弟の言葉を遮った。

「カタリナのことは私がしっかり守ります。グラシエラにはロホがいます。しかし貴方は一人で向こうへ行くのでしょう。それなら事前にオルガ・グランデで味方に出来る人々をチェックしてから行くべきです。」
「グラシャス。」

 ステファンは微笑した。

「”ティエラ”の知り合いを総動員して味方予備軍を想定しておきます。」


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