2022/01/19

第5部 西の海     6

  文化・教育省のオフィスにロホが帰ると、まだシエスタが終わっていないにも関わらずケツァル少佐とアンドレ・ギャラガが仕事をしていた。マハルダ・デネロスがいなかったので、オクタカスへ戻ったと思われた。人手が足りないので少佐とギャラガは昼休みを早めに切り上げて仕事をしているのだ。定刻の午後6時に帰るために。
 ロホが自席に着くと、少佐が声をかけた。

「教授のクシャミは治りましたか?」

 ロホは大学へ行くと少佐に告げた覚えがなかった。教授が彼女に大尉が来たと教える筈もないだろう。テオが彼女に告げる必要もない。上官は鎌をかけて来たのだ。ロホは素直に答えることにした。恐らく少佐は教授の本当の血統を知っているのだろうと彼は思った。だから嘘をつく必要はない。

「お昼前に治ったそうです。考古学部へ来た客はどんな成分の香水を使っていたのでしょうね。」
「間違ってもセニョリータにプレゼントしないで下さい。」

とギャラガが揶揄った。

「後でステファン大尉に撃たれますよ。」

 アンドレ!とロホが低い声で叱責した。グラシエラ・ステファンと交際を始めたことは、まだ他の職員に秘密なのだ。一般市民から畏怖の目で見られる大統領警護隊だが、この文化保護担当部の隊員は文化・教育省の職員達から友人として見られている。恋人が出来たなんて知られた日には絶対に揶揄われるのだ。
 ケツァル少佐が忍び笑いしながら書類をめくっていると、携帯電話にメールが着信した。差出人はカルロ・ステファン大尉だった。

ーー今夜お会い出来ませんか?

とあった。指導師の試しが終わったらしい。だが難関試験が終了したからと言って合格したとは限らない。少佐は返事を打った。

ーー合否は?
ーー通りました。

 淡々とした返答だ。あまりにあっさりしているので、彼女は彼が会いたがる理由を考えてしまった。

ーー貴方と私の2人だけですか?
ーースィ。場所と時間は貴女が決めて下さい。

 少佐は邪魔が入って欲しくない場合の会見場所をいつも同じ所に指定する。

ーー2000に私のアパートで。
ーー承知しました。

 ロホの机から溜め息が聞こえた。予算を組まなければならない監視計画書が溜まっていたのだ。

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第11部  紅い水晶     21

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