2022/01/10

第4部 花の風     20

  水曜日の昼前にアンドレ・ギャラガとロジャー・ ウィッシャーの遺伝子分析結果が出た。テオはそれを比較していくつもりで、分析表を鞄に入れて、昼食を取りにカフェへ行った。料理を取ってテーブルに着いた時、ロジャー・ウィッシャーがやって来るのが見えた。偶然なのだろうが、テオはちょっと緊張を覚えた。ウィッシャーは彼を見つけると真っ直ぐテーブルに来た。ハローと声をかけ、向かいに座っても良いですか、と訊くので、テオは許可した。

「憲兵隊から連絡が入ったんで、報告しておこうと思いました。」

と ウィッシャーは切り出した。テオが彼の顔を見ると、ウィッシャーはちょっと悲しげに見えた。

「ここの大学で騒ぎになったミイラがありましたね。確か、貴方の研究室で荷解きされたとか?」
「スィ。考古学部の学生達が腕時計や歯のインプラントに気が付いて、分析が中止になったミイラですね。」

 テオは、ウィッシャーが憲兵隊からもらった連絡の内容に見当がついた。ウィッシャーが溜め息をついた。

「憲兵隊にその腕時計を見て欲しいと言われて、昨日の午後、行って来ました。綺麗に泥を落としてもらっていて、裏側の刻印がはっきり見えました。From Mary to Andrew、母が父の誕生日祝いに贈った時計に間違いありませんでした。」
「それは・・・」
「さらにインプラントの調査で、父の歯科の医療記録を取り寄せる許可が欲しいと言われたので、書類にサインしました。恐らく明日にはアメリカから返事が来るだろう、と。」

  ウィッシャーはテーブルに視線を落とした。

「骨から推測される身長や、髪の色、褪せていますが父の髪の色である可能性はあります、それらの要素を合わせて、あのミイラは父である可能性が大きいです。」
「それは・・・残念です。」

 テオはそれ以上言うべき言葉を見つけられなかった。父親が時計を他人に譲ったとか、盗まれた可能性はないのかと言おうかと思ったが、インプラント治療を受けていたとしたら、本人である確率が高い。
 ウィッシャーが顔を上げた。

「兎に角、貴方が大統領警護隊を通して憲兵隊に父の捜索を頼んでくれたので、こんな形ですが父を見つけられたと思います。礼を言います。」
「俺は何の力にもなっていません。」

 ウィッシャーが立ち上がったので、テオも立ち上がった。手を差し出され、握手した。

「これからどうされますか?」
「仕事で来ているので、任期が終わる迄はこちらにいます。ミイラが父だとはっきりしたら、アメリカへ連れて帰って埋葬します。」

 さようなら、とウィッシャーは歩き去った。
 あっけなく終わった父親探しに、テオは釈然としないものを感じたが、黙って靴のセールスマンを見送った。


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第11部  紅い水晶     20

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