2022/01/10

第4部 花の風     19

  オルガ・グランデからアンドレ・ギャラガがメールで写真を送って来た。地下墓所はやはり旧市街にある小さな教会の床石を外して階段を降りたところにある、十字形の通路で、規模はあまり大きくなかった。グラダ大学考古学部は教会の名前を採って「オルガ・グランデ・聖マルコ遺跡」と名付けた。大統領警護隊文化保護担当部は遺跡登録したが”ティエラ”の墓所なので関心が薄い。グラダ大学も調査を現地の考古学研究施設に託してしまった。
 ギャラガがグラダ・シティに帰って来た。”心話”でケツァル少佐や先輩将校達に報告すると、土日に働いた代休をもらい、海へ息抜きに行ってしまった。
 テオもエル・ティティでゴンザレス署長とのんびり週末を過ごし、月曜日の午前大学に戻り、午後初級者向け講義をこなし、夕方に帰宅した。アスルが帰って来た。珍しくテイクアウトの夕食を買って来ていた。後輩2人がいない職場は流石にキツかったらしい。テオは何も言わずに彼が買った料理を食べた。アスルは食事が終わるとシャワーを浴びて、テレビも見ずに寝てしまった。テオも流石に長距離バスの旅の直後の仕事は堪えた。
 翌朝、テオが目覚めると、アスルはいつもの様に朝食の支度をしていた。ギャラガは何時帰るのかと訊くと、明日から通常業務に戻ると答えた。

「あいつ、海が好きだから、偶にボーッと波を眺めていると気分が落ち着くそうだ。」
「そんなことを以前にも言っていたな。」

 するとアスルが、ドクトル、と呼んだ。

「あいつのサンプルは採ってあるのか?」
「スィ。君達文化保護担当部のサンプルは全員ある。カルロも採ってある。」
「あいつと、あの訳のわからないアメリカ人の比較は出来るか?」

 思いがけないアスルの言葉に、テオは驚いて皿から顔を上げた。アスルは横を向いた。

「あいつの為じゃない。俺がスッキリしないんだ。突然現れた白人が父親を探していると言う。写真の男はアンドレに似ている。その父親が行方不明になった年代はアンドレが生まれた頃だ。しかもその父親は、『暗がりの神殿』の呪い文に似た言葉を聞いて黄金郷を探していたそうじゃないか。アンゲルス鉱石が見つけたミイラは白人のものだと聞いた。地下墓所から出ようとして出られずに死んだかも知れないと、遺跡登録の申請書を持って来た考古学部の学生が言っていたぞ。俺は何だか落ち着かないんだ。」
「その気持ち、俺にもわかる。」

 テオは同意した。

「アンドレにしてみれば今更なんだろうけど、恐らく彼も落ち着かないんだ。だから海を見に行った。ウィッシャーが彼と無関係な人間だとはっきりさせれば、彼もスッキリするだろう。」

 テオとアスルは2人だけの約束を交わした。アンドレ・ギャラガとロジャー・ウィッシャーの遺伝子を比較する。どんな結果が出ようと、ギャラガが希望しない限りは本人に教えない。ケツァル少佐にもロホにもデネロスにも、ステファンにも教えない。
 アスルは普段通り、ロホの車に同乗して出勤して行った。テオも時差出勤して、研究室に入ると、ウィッシャーとギャラガのサンプルから分析に取りかかった。

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