2022/01/10

第4部 花の風     22

 解剖学の教授は留守だった。しかし助手を務めた准教授が事務室前迄ミイラのサンプルを持って来てくれた。

「人工物での身元確認では正確性が低いですからね。」

と彼女は言った。彼女はロジャー・ウィッシャーの父親捜索の件を知らなかったので、テオが説明すると、コンピュータでミイラの生前の顔を作ってみようかと提案してくれた。それでテオは、ベアトリス・ビスカイーノと言うその准教授の研究室を翌日訪問する約束をした。
 医学部から生物学部に戻り、午後の授業をこなした。研究室に再び戻った時、携帯電話が鳴った。画面を見るとケサダ教授だったので、病院前で教授の母親と妻に出会ったことがバレたのかと冷や汗が出た。教授が話がありますと言うので、テオは覚悟を決めて考古学部へ行きますと答えた。
 急いで室内を片付け、翌日の授業の準備ができていることを確認すると、部屋を施錠して考古学部へ向かった。
 ドアをノックすると、ケサダ教授が自ら開けてくれた。

「急に呼び出して申し訳ありません。」

と教授が言ったので、怒っていないとわかった。テオは出来るだけリラックスしようと己に言い聞かせた。勧められた椅子に座ると、ケサダ教授はコーヒーを淹れてくれた。

「例のミイラのことです。」

と彼が切り出した。テオが黙っていると、彼は「聞いた話です」と断りを入れた。

「黄金郷などと言う馬鹿な夢を見てオルガ・グランデの旧市街を彷徨いていた白人がいたそうです。」

 テオはドキリとした。アンドリュー・ウィッシャーのことか?

「暗がりの神殿の銘板を誤訳した呪い文が黄金の在処を示す暗号だと勘違いした様でした。彼は聖マルコ教会の地下墓地の存在を何処かで知り、バルで知り合った仲間2人と夜中に床石を剥がして墓地へ降りる入り口を見つけました。彼等は墓所へ降りた。そしてそこに安置されている遺体の中で金の指輪を嵌めている一体を見つけました。バルで知り合った男達は当然セルバ人でした。彼等は黄金が欲しかったが、ミイラの指輪を見て怖気付きました。死者の冒涜は恐ろしい呪いを呼び込むと信じたのです。しかし白人はその指輪に文字が刻まれているのに気がつき、ミイラの指から指輪を抜き取ろうとしました。セルバ人はそれを止めようとして争いになりました。暗闇の中での争いです。白人は転倒し、脚を折りました。セルバ人は逃げた。階段を駆け上がり、教会に出ると床石を元通りに戻して去りました。」

 一気に語ると、ケサダ教授はテオを真っ直ぐ見た。そして繰り返した。

「聞いた話です。」

 テオは黙っていた。アンドリュー・ウィッシャーの身に何が起きたのか、ケサダ教授が教えてくれているのだ。ウィッシャーがバルで出会ったセルバ人は、普通のセルバ人だったのだろうか。ウィッシャーが呪い文を元に黄金を探していると言う噂を聞いて、彼に接近した”砂の民”ではなかったか。年代的には、オルガ・グランデの戦いが行われた頃だ。オルガ・グランデの街にはシュカワラスキ・マナの結界の為に街中に閉じ込められた”ヴェルデ・シエロ”達がいたのだ。”砂の民”が結構いたのではなかったか。彼等はマナと戦いながらも、一族を守る仕事もこなしていた。 ウィッシャーの言動は一族の秘密の聖地を探そうとしていると受け取られたに違いない。だからウィッシャーは「粛清」された。
 ケサダ教授は勿論その頃はまだ子供だった。母親の希望で、ムリリョ博士に引き取られてグラダ・シティで暮らしていた。だから、アンドリュー・ウィッシャーに起きたことは、伝え聞きだ。「聞いた話」だ。誰から聞いたのか、教授が語ることは永久にない。一緒に異様なミイラを見た仲間として、教授が独自のルートで調べたことを教えてくれたのだ。

「グラシャス。」

とテオは言った。教授が軽く頭を下げた。

「一つだけ・・・」

 テオは、多分これは教授も知らないだろうと予想しつつも尋ねた。

「その白人が、”シエロ”の女に子供を産ませたと言う話はありませんね?」

 教授がちょっと考えて、そして彼が誰のことを念頭に置いて質問したか、思い当たった様だ。ノ、とケサダ教授は首を振った。

「あったかも知れませんが、私は聞いていません。しかし、なかったと言うことにしておいた方が良い。」
「そうですね。」

 テオは同意した。あんな末路を辿った男の子供だったなんて、考えただけでも嫌じゃないか。


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