2022/01/24

第5部 西の海     21

  うっかり調子に乗って「アミーゴ」と呼んでしまったが、将校は気を悪くした様子はなかった。それどころか、彼は自己紹介した。

「私はここの指揮官補佐のホセ・ガルソン大尉です。あちらでバイクのエンジンの修理をしているのがルカ・パエス中尉。ホセ・ラバル少尉とカルロ・ステファン大尉はご存じですな?」
「スィ。指揮官はキロス中佐でしたね?」
「カロリス・キロス中佐です。もう一人、厨房勤務のブリサ・フレータ少尉がいます。太平洋警備室は現在6名です。DNAサンプルはご入用かな?」
「ノ、結構です。」

 テオは前日のラバル少尉より人当たりが良さそうなガルソン大尉に、少し安心した。それにガルソンもパエスもラバルより若い。ラバル少尉は一人取り残された感があるのかも知れない。

「私の学生はこちらのカタラーニの他にもう一人ガルドスと言う女性がいます。医者の卵です。私達と同じ活動をしますから、見かけたら声でもかけてやって下さい。」

 オフィスから出て、テオとカタラーニは港湾施設に向かって歩き出した。

「大統領警護隊のオフィスって、普通の事務所と変わらないんですね。」

とカタラーニが感想を述べたので、テオは笑った。

「どんなオフィスを想像していたんだ? 文化・教育省の文化保護担当部のオフィスを見たことがないのかい?」
「遺跡には興味ありませんから・・・」

 カタラーニが申し訳なさそうに言った。

「軍隊だから、もっと機関銃とか銃器を装備しているのかと思いました。」
「勿論、彼等はそう言う物も持っているさ。だけど、アメリカの軍隊だって事務所はあんな感じだよ。武器保管庫は別にある。」

 文化保護担当部のケツァル少佐が机の下にアサルトライフルを置いていることは黙っていよう。テオは心の中で笑った。それに机の引き出しには拳銃ぐらい保管しているかも知れない。
 沿岸警備隊の構成員にアカチャ族がいると言う情報はなかったので、陸軍水上部隊基地へ行った。守衛に用件を告げると、既にガルソン大尉から連絡が行っていたので中に通してくれた。部隊長のオフィスで少し待たされた。当該兵士は艇整備の担当で、作業が終了する迄待ってくれと言われた。こちらの作業は数秒で済むものなので、テオとカタラーニはセルバ人らしく暢んびり待つことにした。部隊長がグラダ・シティの情報を聞きたがったので、世間話で時間を潰した。
 やがて、部隊長がさりげない風を装って質問してきた。

「大統領警護隊太平洋警備室に行かれたのですね?」
「スィ。オフィスに入れて頂きました。」
「指揮官に会われましたか?」
「ノ。指揮官補佐のガルソン大尉に応対してもらいました。」
「キロス中佐にはお会いになっていない?」
「会っていません。」

 部隊長がふーっと息を吐いた。テオがその意味を測りかねていると、彼は言った。

「中佐はこの3年ばかり引き篭もって宿舎とオフィスの往復以外は屋外に出られないのです。」
「引き篭もり?」
「スィ。部下達も当惑している様です。理由がわからないらしい。」
「3年前迄は普通に外出されていたのですか?」
「スィ。彼女はよく港に現れて、我々水上部隊にも沿岸警備隊にも声をかけてくれました。民間の積み出し港のポルト・マロンにも足を向けられて従業員達の安全に目を配っておられました。それがいつからか・・・」

 部隊長は首を振った。

「兎に角、ガルソン大尉は出来るだけ早く上官が元気を取り戻すよう、煩わしい業務などを一手に引き受けて勤務されている様です。他の部下達もセンディーノ医師が処方する気鬱の薬など、普通大統領警護隊が受け容れることのない薬品を中佐に与えている様ですがね。」

 鬱病の”ヴェルデ・シエロ”なのか? テオはカルロ・ステファンが新しい同僚達に違和感を抱いていることを思い出した。太平洋警備室の隊員達は指揮官の異常を本部に知られまいとしているのだろうか。それは、軍隊と言う組織の中では許されないことではないのか。
 やがて1時間以上経ってから、アカチャ族の兵士が現れた。彼は普通の若者で、部隊長の説明を聞くと一瞬不安そうな顔をしたが、綿棒を渡され、口の中を擦るだけだと言われると、素直に応じた。用事はアッという間に終了した。
 テオとカタラーニは部隊長に礼を言って陸軍水上部隊基地を辞した。




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