翌日、テオはカタラーニを連れて大統領警護隊太平洋警備室を訪問した。本部を訪問しても絶対に中に入れてもらえないのだが、太平洋警備室は、彼が彼自身とカタラーニの紹介の後、応対してくれている男性将校に指導師に会いたいと告げると、オフィスの中に入れてくれた。
オフィスの中は文化保護担当部と同じように机が並び、パソコンやプリンターや書類が載っていた。カルロ・ステファン大尉は厨房棟で昼食の準備をしていると応対に出た将校は言った。
「指導師にどう言う用件でしょうか?」
と将校は民間人に対して丁寧な言葉遣いで尋ねた。テオは室内を見た。前日に声をかけてきた年配の少尉は姿が見えなかった。30代から40代と思われる男性将校が2人いるだけだ。しかも一人は机の上に何かのエンジンの様な物を置いて修理をしている様子だった。
テオは少し躊躇ってから言った。
「こちらの言葉で何と言うのか知りませんが、ハラールを教えて頂きたいのです。」
「ハラール?」
将校はちょっと考えてから、ああ、と呟いた。
「料理の前の清めの儀式のことですか?」
「スィ! それです。」
テオはセンディーノ医師の小さな悩みごとを隊員に語った。村人から食事に誘われるのに、こちらから誘っても来てくれない、と。その原因は清めの儀式をしないからではないか、とカタラーニが考えついたのだ、と。
「一昨日、私達はここへ来たばかりですが、その時、ステファン大尉の厚意で同じ陸軍のトラックに乗せてもらいました。ステファン大尉はこちらの厨房で働くのだと聞いています。もしよろしければ清めの儀式を教えてもらえないかと・・・」
応対した将校と機械の修理をしていた将校が顔を見合わせた。”心話”だ、とテオは思った。
「教えていけないと言うことはありませんが、」
と応対した将校が言った。
「私達は教わっていません。ステファン大尉に伝えておきましょう。急ぎの用事ではないのですな?」
「急ぎません。」
すると機械の修理をしていた将校が顔を上げてテオを見た。
「アカチャ族と我々の儀式が同じと言う訳ではないが、それでもよろしいか?」
テオはカタラーニを見た。カタラーニはちょっと戸惑った。先住民の儀式は全部同じだと思い込んでいた様だ。テオはその将校に言った。
「住民に私達が決して食べ物を粗末に考えていないと伝われば良いのかと思いますが、それでは駄目でしょうか? 白人でも食事の前に神に祈ります。」
再び2人の将校が”心話”を行った。そして応対した将校がテオに頷いて見せた。
「確かに、我々の遣り方を住民に見せれば誠意が伝わるかと思います。」
「グラシャス。今日、明日とは言いませんから、よろしくお願いします。」
オフィスを出かけて、テオはふともう一つ厚かましい要望を思いついた。
「私達がここにいる理由をお聞きでしょうか?」
「政府の仕事でアカチャ族の遺伝子を採取されていると言う話ですか?」
「スィ。実は陸軍水上部隊にも一人アカチャ族出身の兵士がいると聞きました。彼にも協力してもらえるよう、大統領警護隊から口添えしていただけませんか?」
将校が微かに笑った。
「政府の仕事ですな? 電話を1本かけるだけで良いですか?」
テオも微笑んだ。
「グラシャス、アミーゴ。」
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