2022/01/22

第5部 西の海     12

  大統領警護隊太平洋警備室の厨房は別棟だった。さらに付け足せば、食堂併設なので食堂もオフィスとは別棟になるのだ。オフィスの建物の裏手、指揮官室の背中側に当たる場所だった。ブリサ・フレータ少尉は厨房棟に入ると照明のスイッチを押した。柔らかな光が屋内に灯った。5人だけの所帯なので厨房も食堂も広くない。カウンターで仕切られているが、それがなければ一つの部屋と言っても良い広さだった。
 フレータは魚のスープを作ると言い、2人は教わった通りの食物を清めるお祓いの祈祷をして調理に取り掛かった。鍋に水を入れて火に掛けた。

「指導師の資格を取られたのですってね。」

とフリータが魚の鱗を取りながら尋ねた。ステファンはジャガイモの皮を剥きながら「スィ」と答えた。

「ここでは資格を持っているのは中佐だけです。」

とフレータは言った。

「私がここを任されているのは、私が女だからです。それに一番若いから。」
「全員で交代で料理しないのですか?」

 ステファンは階級が上だったが、ここでは新入りだったし年下なので丁寧に話しかけた。フリータは「ノ」と答えた。

「皆自分の仕事をするだけです。私も朝港へ行って魚を仕入れたり、畑へ行って野菜を分けてもらって、昼食や夕食の支度をするだけです。」
「では、私がここで働けば、貴女は別の仕事が出来るのでは?」

 フレータが顔を上げてステファンを見た。ちょっと微笑んで見せた。

「買い物に時間をかけても良いかも知れませんね、大尉さえ黙っていて下されば。」
「海岸をパトロールしたり、道路の状態を点検したりしないのですか?」
「私が?」

 フレータが手を止めた。

「本部では女性もそんなことをしているのですか?」

 逆にステファンが驚いた。

「大統領警護隊は男女で勤務内容が違うと言うことはありません。いや、陸軍でも憲兵隊でも警察でも、男女区別はありません。」

 フレータが溜め息をついた。彼女は魚の内臓を取り出し、ぶつ切りにした。鍋の水が沸騰したので、そこに魚を入れ、玉葱やニンニクも入れた。ステファンは別の鍋でジャガイモを茹でた。

「そう言えば、入隊して本部で修行している時は男達と一緒に警備に能っていました。丁度貴方頃の時にこっちへ配属されて、それっきり・・・ずっとこの場所で働いています。」
「他の方達は?」
「ガルソン大尉はもう15年こっちにおられます。少尉から中尉になられた時にこちらへ来られて、大尉に上がられて、そのまま結婚されてお子さんもいらっしゃいます。ブーカですが、所謂オエステ・ブーカと呼ばれる、オルガ・グランデに住み着いた支族の出ですから、グラダ・シティに戻るつもりはない様です。」

 フレータはちょっと背伸びして窓の向こうのオフィスの様子を伺った。厨房棟から見えるオフィスの建物は窓のブラインドが閉じられていた。上官達がこちらを伺っていないと確認してから、彼女は続けた。

「パエス中尉は大尉より古くて、17年こちらにいるそうです。昇級でガルソンに抜かれたので、同じブーカですがあまり親しくないです。中尉も結婚されています。多分愛想が悪い人と思われるでしょうが、頼んだことはきちんとして下さるので、意外に親切な人ですよ。」

 話し相手がいて嬉しいのか、フレータ少尉はステファンに新しい同僚達のことを教えてくれた。

「ラバル少尉は25年こちらにいます。恐らく中佐より長いです。港湾関係者に顔が利くので港の警備をしていらっしゃいます。あの方は独身です。」
「指揮官殿は・・・?」
「キロス中佐はグラダ・シティのブーカ族の出です。」

 と言って、そこでフレータはスープの中に塩や香辛料を入れた。

「キリッとした力強い方でしたけど・・・」

 彼女はそれ以上は語らず、ジャガイモの茹で具合を確認した。そして棚からパンを出すようステファンに頼んだ。だからステファンは言った。

「私は新参者ですから、大尉だからと言って遠慮せずに指図して下さい。命令口調で結構です。」

 フレータが微笑んだ。

「ずっと私が一番下でしたから、指図するのは慣れていません。」
「でも沿岸警備隊や陸軍には指図するでしょう?」
「ここでは誰もそんなことはしません。ただ見張っているだけです。沿岸警備隊も陸軍も私達には逆らいませんから、私達も命令しません。」

 なんだかおかしい・・・とステファンは感じた。ここの隊員達は覇気がなさ過ぎる。

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