2022/01/22

第5部 西の海     11

  カルロ・ステファン大尉は陸軍水上部隊への輸送トラックから降りると、運転手の下士官に礼を言って、大統領警護隊太平洋警備室の建物に入った。見た目は隣の陸軍水上部隊の基地のボイラー室か?と思える様な小さなコンクリート造りの建物だった。ステファンがドアの前迄行くと、ドアが開いて30代半ばの男性が姿を現した。大統領警護隊の制服を着た隊員で肩章は大尉だった。
 ステファンと彼は視線を交わし、敬礼して挨拶を交わした。

「本部遊撃班所属カルロ・ステファン大尉であります。本日付で太平洋警備室厨房班に着任致します。」
「太平洋警備室ホセ・ガルソン大尉だ。指揮官補佐をしている。」

 ガルソンはステファンを建物の中に招き入れた。海側の窓が小さいのは村の家々と同じだ。海からの強風で割れないよう、小窓で明かりを採っている。薄暗くないのは東側の窓が大きいからだ。ブラインドは開いていた。広くない室内に机が4台、窓際に1台。ガルソンはステファンを奥のドアへ真っ直ぐ連れて行った。形式通りドアをノックして、少し開いた。中の人に声を掛けた。

「本部からステファン大尉が到着しました。」

 中の人の声は聞こえなかった。しかしガルソン大尉は「はい」と答え、ステファンに入れと合図した。ステファンは荷物を床に置き、室内に足を踏み入れた。戸口に1歩入り、敬礼した。

「ステファン、着任致します。」

 指揮官室は薄暗かった。ブラインドを全部閉じて、照明も薄暗かった。机の向こう側に胡麻塩頭の女性が軍服姿で座っていた。50代だと聞いていたが70歳近くに見える、とステファンは感じた。ガルソン大尉が紹介した。

「我々の指揮官カロリス・キロス中佐だ。」
「太平洋警備室へようこそ」

と彼女が囁く様に言った。そしてガルソン大尉に言った。

「ここでの任務を教えてあげなさい。」

 ガルソン大尉は敬礼し、ステファンに部屋から出る様に合図した。ステファン大尉はもう一度敬礼してからガルソンについて部屋を出た。ドアを閉じると、ガルソンが肩の力を抜いた様に感じた。
 室内にはさっきまでいなかった男女が3人、それぞれの机の前に立っていた。ガルソン大尉が声を掛けた。

「紹介しよう。今日からここで3ヶ月間厨房勤務をするステファン大尉だ。」

 彼は右に立っている男性を指した。

「ルカ・パエス中尉、車両と船舶などの乗り物の担当をしている。機械の整備なども得意だ。彼はブーカだ。」
「よろしく。」

 パエス中尉は30代後半と思われた。

「お若いですな、ステファン大尉。」

 明らかに年下の上官のステファンにパエス中尉がニコリともせずに挨拶した。まだ20代になってそこそこのメスティーソの若造が、と言う目だ。ステファンは本部でもそう言う目をよく見たので、無視した。パエスとガルソンはどちらが年上なのだろう。
 ガルソンは次にパエスの隣の机の男性を指した。

「ホセ・ラバル少尉。主に港の警備を担当している。外国から来る船を見張る仕事だ。彼はカイナとマスケゴの血を引いている。」
「よろしく。」

 ラバル少尉も年上だ。恐らく40代、パエスよりガルソンより年上だ。ステファン大尉は居心地が悪くなってきた。何故なら、3人目の先輩である厨房班のブリサ・フレータ少尉も30代だったからだ。先輩が全員年上で階級が下だ。ガルソンは大尉だが、昇級は何時だったのだろう。

「君はどの部族だ?」

とガルソンが訊いてきた。ステファン大尉はあまり答えたくなかったが、この質問は”ヴェルデ・シエロ”である限り、絶対に避けて通れない。彼は答えた。

「白人の血が入っていますが、グラダです。」

 僅か4人の先輩達が一瞬ざわついた、と彼は思った。実際は声を出さなかったが、彼等は互いの目を見合ったのだ。パエス中尉が声を掛けてきた。

「オルガ・グランデを一人で2年間制圧したシュカワラスキ・マナの息子と言うのは、貴方のことか?」

 これも答えたくなかったが、ステファンは頷いた。

「スィ。しかし私は父を覚えていません。2歳の時に彼は亡くなったので・・・」

 重たい沈黙が訪れ、不意にそれを振り払う様にフレータ少尉がステファンに手を振った。

「夕食の支度をしますから厨房へ案内します。」

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