2022/01/25

第5部 山の向こう     4

  明朝にキロス中佐がオフィスに出て来たら、直接彼女にテオと面会出来るか訊いてみる、とガルソン大尉は言った。もしその時点で彼女自身に判断能力がなければ、昼休みに厨房棟へ来てもらえないか、と彼はテオに頼んだ。
 セルバの神様が病気の仲間を救おうとして、白人に協力を仰いでいる。テオは事態の深刻さを理解した。
 大統領警護隊と夜の挨拶を交わして、彼はオフィスを出た。ステファン大尉が送りましょうかと声をかけてくれたが、辞退した。歩いてもそんなに遠くない距離だ。だがステファンは先輩達に向かって言った。

「”ティエラ”は夜目が利きません。転ばないよう、見守って来ます。」

 テオは勝手にしろよと笑い、2人は外に出た。少し歩いてから、ステファンが質問した。

「オルガ・グランデに来ているピューマと言うのは誰です?」

 テオは肩をすくめた。

「何時来るのか、実は知らないんだ。俺の同僚になる人だ。」

 それでステファンは、テオが示唆した”砂の民”が彼自身の恩師だと悟った。

「あの先生が来られたら、中佐の件は隠しようがありません。」
「教授はこっちへ来る訳じゃない。新しく発見された”ティエラ”の墓所遺跡を見学に来るんだ。だから文化保護担当部に遺跡立入許可を申請してパスをもらっていた。恐らく”シエロ”のミイラが混ざっていないか、地下墓地を歩くつもりだろう。君達の方から彼に接触しなければ、中佐の件に気づかずに帰ると思う。」
「そうだと良いのですが・・・」

 暗かったので、テオにはステファン大尉がどんな表情をしているのか見えなかったが、声は憂を帯びていた。

「”砂の民”は大統領警護隊に匹敵する情報網を持っています。”耳”と”目”と呼ばれる情報収集を司どる”ティエラ”を各自持っています。”耳”と”目”は自分達が操られているとは知らずに情報を集め、”砂の民”に報告するのです。無報酬ですが、”砂の民”の守護を受けているので身の安全は保障されます。教授がオルガ・グランデに”耳”や”目”を持っているかどうか知りませんが、西部地方は昔マスケゴ族の勢力範囲でした。殆ど”ティエラ”同然のマスケゴの子孫が大勢います。族長の身内である教授がオルガ・グランデに来れば、当然そう言う人々が集まるでしょう。教授が”砂の民”なのかどうか、彼等は知りません。それでも部族の長の家族は近づきになって損をしない存在ですからね。」

 カルロ・ステファンは以前大学の図書館で油断してケサダ教授に心を盗まれた苦い経験がある。ケサダは休憩していた彼に声をかけ、無防備に返事をしてしまった彼は教授と視線を合わせてしまい、強引に記憶をごっそり読まれてしまったのだ。お陰でステファンは人前で気絶すると言う失態をやらかしてしまい、姉のケツァル少佐から長い間揶揄われる羽目に陥った。(少佐は弟の油断から来る失敗には容赦しない。)それ以来、ステファンはフィデル・ケサダを警戒していた。
 テオはステファンが教授を警戒する理由を理解しているが、そんな必要はないのに、とも思う。教授は悪気があってステファンの心を盗んだのではない。大勢の人間がいる場所で大統領警護隊が油断して隙だらけで座っていたから、注意を与えただけだ。教授にすれば、ちょっとした悪戯心だったのだろう。何故なら、あの教授は白人の血を持つミックスのステファンより遥かに大きな力を持つ真の純血のグラダだからだ。

「ケサダはこっちには来ないさ。ここの海岸には遺跡がないから。」


1 件のコメント:

Jun Tacci aka ねこまんま さんのコメント...

テオもステファンもケサダ教授が”砂の民”だと信じて疑わない。
だが、どこにも教授が”砂の民”であると確定する文章はない。

第11部  紅い水晶     19

  2台目の大統領警護隊のロゴ入りジープがトーレス邸の前に到着した時、既に救急車が1台門前に停まっていた。クレト・リベロ少尉とアブリル・サフラ少尉がジープから降り立った。2人は遊撃班の隊員で、勿論大統領警護隊のエリートだ。サフラ少尉が一般にガイガーカウンターと呼ばれる放射線計測器...