ラバル少尉が上官達を振り返った。彼は厨房棟を顎で指した。
「昼食がまだですが、食べに行きますか?」
ガルソン大尉とステファン大尉が視線を交わした、とテオは思った。ガルソンが答えた。
「食べに行こうか。ここから出られればの話だが。」
その次に起きたことは、テオの視力では捉えられなかった。彼の前にステファンが立ち、彼の視界を奪ったことも要因の一つだ。室内で何かが光り、空気がバチッと裂ける様な音がした。重たい物体が硬い物に激突する音も響き、机と共にラバル少尉の体が床の上に転がった。机の上に置かれていたパソコンや書類が床に散乱した。ステファンが動いた。彼はラバル少尉に飛びつくと、彼の体を床の上にうつ伏せに転がし、素早く革紐で少尉の手首を後ろ手に縛り上げた。
ガルソン大尉は彼自身の机の後ろの壁に背中を張り付かせる様に立っていた。激しく肩で息をしていた。ステファン大尉が声を掛けた。
「大丈夫ですか?」
「なんとか・・・」
ガルソン大尉がテオを見た。
「ドクトルは大丈夫ですな?」
「彼は私が守りました。」
ラバル少尉が床の上で怒鳴った。聞くに耐えない悪態を吐きまくった。
テオは立ち上がった。展開が読めていなかったが、一つだけ、しなければならないことを悟った。
「パエス中尉は無事か?」
彼は奥のドアに走り、ドアを開いた。パエス中尉は椅子に縛り付けられていた。両目を包帯で塞がれ、じっとしていたが、ドアが開いたので顔を上げた。前の部屋での騒動は聞こえた筈だ。
「何があった? 一体何がここで起きているんだ?」
ステファン大尉がテオの横を通り、奥の部屋に入った。椅子の後ろに回ってナイフで中尉の手首を縛っていた革紐を切った。
「申し訳なかった、中尉。貴方が目を負傷したので、わざとラバルに騙されたふりをして、貴方を拘束させてもらいました。負傷した貴方に動かれては、却って危険な目に遭わせるとガルソン大尉が判断なさったのです。」
ステファン大尉はパエス中尉の包帯を解いた。右目の下を切ったのは事実で、中尉の顔が腫れていた。テオはパエス中尉の目を覗き込んだ。
「眼球は無事な様だ。俺の顔が見えますか、中尉?」
パエス中尉が呟いた。
「忌々しい白人の顔が見えます。」
「ルカ!失礼なことを言うな!」
ガルソン大尉が戸口で壁にもたれかかって、中尉の口の悪さを注意した。テオは笑った。
「気力は大丈夫な様ですね。診療所に行きますか?」
「氷で冷やせばすぐに治ります。」
強がるパエス中尉にステファン大尉が言った。
「その前に祓いを施しましょう。ラバルが貴方のそばにいたので出来なかった。痛みを取り除けば、貴方の力ですぐに治せますよ。」
彼はガルソン大尉を見た。
「大尉の方が休息が必要でしょう? ラバルを逃さないようにオフィスに結界を張っておられた。」
ガルソンが苦笑した。
「要塞を一つ吹っ飛ばす程の力を持つグラダの貴方が、結界を張るのは苦手とは、驚きですな。」
ステファン大尉はテオをチラリと見て、ちょっと頬を赤く染めた。
「私の弱点です。」
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