ケツァル少佐の自宅での夕食に招待されたのがテオと己だけだと知って、アスルはひどく不安げな顔になった。過去にも同じ面子で夕食を取ったことがあったが、その時は少佐の命令でテオを過去の時間帯に隠す任務を帯びていたのだ。しかし今回はただ「夕食においで」だ。テオは何故彼がそんなに不安気になるのか理解出来なかった。ステファン大尉やロホなどは単独で少佐の家に呼ばれたことがある。それもこれと言った用事ではなく、少佐も彼等も暇で一人で食事するのが寂しい時だった。 普通に世間話をしてご飯を呼ばれて帰った、とテオは聞いていたので、アスルが緊張する理由がわからなかった。
カーラが作った家庭料理が並ぶ普通の夕食だった。いつもなら厨房を覗きたがるアスルが大人しく座っているので、少佐がワイングラスを手にしたまま、部下を眺めた。
「どうしたのです、アスル? いつもの貴方らしくありませんね。体調が良くないのですか?」
「否、何でもありません。」
アスルがテオをチラリと見た。なんで呼ばれたんだろ?と目で訊いてきた。”心話”を使えないテオでも彼の気持ちがわかった。ギャラガの遺伝子を調べたことがバレたのだろうか。
少佐がワインを飲み干して、グラスをテーブルに置いた。
「貴方達、一緒に暮らしてみてどうですか?」
と訊いてきたので、テオは隣の同居人を見た。
「楽しい。俺は彼と一緒で生活にメリハリが出た。時々闖入者もいるし。」
上官に視線を向けられて、アスルは少し頬を染めた。
「今のところ、快適です。」
少佐が頷いた。
「つまり、貴方はこれからも当分テオの家に住み続けると考えて良いですね?」
テオはハッと気がついた。少佐は、司令部が考えているアスルの昇級の条件である「定住」を確認しているのだ。アスルは直ぐには答えなかった。1箇所に長く住んだことがないと言う彼が、珍しく5ヶ月近くテオの家にいるのだ。
「クワコ少尉」
と少佐が彼を呼び慣れた渾名ではなく、本名で呼んだ。アスルが「はい!」と真っ直ぐ彼女を見て答えた。少佐も彼を真っ直ぐに見つめた。
「来週明けに、本部から正式に通達が出ます。貴方は中尉に昇級します。潔斎して、伝令が来たら直ちに本部へ出頭して辞令を受けなさい。この週末は家で静かに過ごすこと。決してこの話をぶち壊す様な真似はしないで下さい。私の立場もあります。」
アスルが立ち上がった。椅子の横に立ち、姿勢を正すと、敬礼した。
「シンセラメンテ グラシャス!」(心から感謝します)
テオは嬉しくなった。アスルなら当然の出世だ。ケツァル少佐も敬礼して、部下に座れと合図した。アスルが腰を下ろしたので、テオはおめでとうと声をかけた。アスルは赤くなって、小さな声でグラシャスと返答した。
「これで文化保護担当部は、少佐1人、中尉2人、少尉2人になるのか?」
とテオが確認すると、少佐が微笑んだ。
「中尉はすぐにアスル1人になります。大尉が1人出来ますから。」
アスルが顔を上げた。今度は本当に嬉しそうに目を輝かせた。
「ロホが大尉に昇級するのですか?」
「スィ。」
少佐も嬉しそうだ。
「ロホの昇級もアスルのと合わせてずっとお願いしていたのですが、司令部は彼が”赤い森”事件でミスをしたことをかなり重く見てなかなか承知してくれませんでした。でも、あれ以来彼は慎重に行動するようになり、後輩の指導も上手くやっています。祈祷や指導師の役目もそつなくこなしてきたので、目立った手柄はありませんが、もう良いだろうとお許しが出ました。これで私も安心して外へ監視業務に出られます。」
「ロホに指揮官の事務仕事を押し付ける気か?」
テオが呆れて言うと、アスルがニヤリと笑った。
「ドクトル、ウチの少佐はオフィスより外での仕事の方がお好きなんだ。」
彼が己のグラスにワインのお代わりを注ごうとすると、少佐が瓶を取り上げた。
「今夜はここまで。それ以上飲むと貴方は寝てしまいます。」
「眠ったジャガーは結構重いからな、抱っこで運べないんだ。」
とテオも揶揄ったので、アスルはプーっと頬を膨らませて拗ねて見せた。
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