夜中になる前に、テオは大学から電話を受けた。彼の研究室が泥棒に荒らされたと言う報せだった。テオは人間のサンプルを全部持ち帰って自宅の冷蔵庫に入れておいたので、電話をかけてきた警備員に、ドアを施錠してくれるよう頼んだ。
「何を盗られたか、明日チェックする。」
もし分析器を盗まれたら大学の損害だ。分析中だったのはミイラのサンプルで、アンドレ・ギャラガの分は既に解析も終わっているから安全だった。
翌日出勤すると、部屋の中は大して荒らされていなかった。連絡してきた警備員は夜勤明けで眠たそうだったが、テオが「盗まれたのは冷蔵庫の中の豚の精子だけ。後は大丈夫。警察にも憲兵隊にも連絡無用。」と言うと、安心して帰って行った。
恐らくロジャー・ウィンダムは目を覚まして、リュックサックと携帯電話と財布が無くなっていることに気づき、慌てて逃げたのだ。事務局の鍵入れからテオの研究室の鍵だけが無くなっていたので、警備員が様子を見に行き、ドアが開けっぱなしになっていた為に侵入者がいたと気づいた。
テオはケツァル少佐に夕食に招かれていることを思い出し、ゴンザレス署長に電話をかけた。
「ごめん、また帰れなくなった。」
ーーまたデートか?
「まぁ、そんなものだ。」
ーー良いことだ。お前の様に若い男がこんな田舎に律儀に帰って来る必要はない。
「エル・ティティに空港があれば、明日の朝にでも帰るのに。」
ーー飛行機は止めておけ。バスと違って、今度は本当に死ぬぞ。
携帯の画面の中でゴンザレスが笑った。
ーーこうしてお前の顔を見られているんだから、俺は寂しくなんかないぞ。
「愛してるよ、親父。」
ーー俺もだ、倅。
電話を切って、テオは思った。いつかケツァル少佐を連れてエル・ティティに行く日が来るのだろうか。
また電話が鳴った。シーロ・ロペス少佐からだったので、急いで出た。少佐は挨拶もそこそこに、起きたことだけを告げた。
ーー例のアメリカ人を空港の税関で逮捕しました。
「ウィッシャーをですか?」
ーーセルバ産と思われる動物の生殖細胞を無断で持ち出そうとしたので、職員が引き留め、憲兵隊に引き渡しました。グラダ大学のラベルを貼った小瓶に入っていましたが、お心当たりはありますか?
仕方なくテオは答えた。
「昨晩、研究室に泥棒が入って、豚の精子の瓶を1本盗まれました。被害はそれだけだったので、警察には届けていません。」
ーー豚の精子ね・・・
ロペス少佐は電話の向こうで微かに笑った。
ーー農業省が乗り出して来るでしょう。外務省としては、あちらの政府に同国人を拘束したことを連絡しなければなりません。
「彼は運が良かったと思います。こちらの刑務所に入るか、本国へ強制送還されるか、でしょう?」
ーー刑務所は死刑宣告と同じですがね、彼の場合は。
またもや身の毛のよだつ様な予言をして、ロペス少佐は電話を切った。ウィンダムの正体を伝えるべきだったかとテオは考えたが、結局電話を掛け直すことはしなかった。
俺もセルバ人の考え方に染まってきたかな・・・
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