2022/01/31

第5部 山へ向かう街     2

  バルで軽く一杯やった後、本格的な食事に行く前に、公園のベンチでビールを飲みながら、テオはサン・セレスト村で起きた事件の概略を語った。
 オルガ・グランデ空港でカルロ・ステファン大尉と出会い、お陰で大統領太平洋警備室の隊員達とお近づきになれたこと。ステファンが感じた指揮官キロス中佐の異常をフレータ少尉に訊いてみると、副官のガルソン大尉が中佐に面会させてくれたこと。面会の途中で中佐の具合が悪くなったので、フレータ少尉が車で診療所へ連れて行こうと彼女を車に乗せ、そのジープが爆発したこと。中佐と少尉は重傷を負ったが、生きていること。(「今はオルガ・グランデ陸軍病院に入院している」とテオは忘れずに言った。)ラバル少尉が、パエス中尉が爆破犯人だとして拘束したが、ガルソン大尉とステファン大尉はラバル少尉の嘘を見破り、少尉を拘束してパエス中尉を救出したこと。ラバル少尉は純血至上主義者の主張をしたが、彼はカイナとマスケゴのミックスで、彼の思想でキロス中佐の暗殺に繋がるものが何も思い当たらないこと。

「俺が面会した時、キロス中佐は何かを語ってくれそうだった。3年前にアスクラカンへ出かけて戻って来てから彼女がおかしくなったとガルソン大尉が言っていたので、俺はその点を訊いてみたんだ。彼女は何か言いたそうだったが、そこで具合が悪くなった。」
「具合が悪くなった?」
「何かを思い出そうとすると頭痛が始まった様で、それから泣いている様にも見えた。」

 ロホが尋ねた。

「それは何かが彼女に喋らせまいとしていたのではありませんか?」

 テオは彼を見た。

「彼女は”操心”に掛けられているって言うのか?」
「キロス中佐は強い能力を持っています。完全に支配されない代わりに、完全に逃げ切ることも出来ないで、苦しんでいるのだと思います。」

 ケツァル少佐が頷いた。

「何者かが彼女の記憶を消そうとしたのです。でも彼女は抵抗して、逃げた。そして3年間、その敵の”呪い”と闘っていたのでしょう。それが、無気力と部下達の目に見えたのです。中佐はきっと副官のガルソン大尉に伝えたかったに違いありません。でも説明しようとすれば敵の力に乗っ取られそうになる、だから言えない。その繰り返しだったのでしょう。」
「ガルソン大尉は指導師の資格を持っていません。呪いの対処方法を知らないし、どんな類の呪いが中佐に掛けられているのかもわからないのです。心の病気かも知れないと心配して投薬治療を行なっていたのですね? 彼は判断を誤りました。中佐の異変に気づいた時に、本部に連絡すべきでした。」

 テオは頷いた。

「彼も後悔していた。中佐の名誉を心配する余りに、正しい判断を下せなかったと。」

 ロホが呟いた。

「大尉はキロス中佐を心から慕っているのですね。」

 するとケツァル少佐が言った。

「私がおかしくなったら、躊躇わずに司令部に通報なさい。間に合わなければ撃ち殺しても構いません。」
「少佐!」

 テオの抗議の声を無視してロホが頷いた。

「承知しました。しかし、撃つ限りは必ず息の根を止めさせて頂きます。」
「ロホ・・・」
「それでこそ、我が副官です。」
「少佐・・・」

 テオは友人達の会話に呆れた。少佐とロホが顔を見合わせ、それから2人共同時にぷっと吹き出した。テオはむくれた。

「俺を揶揄ったのか?」
「そうではありません。私達はそれぐらいやらないと危険な存在だと言うことです。私が狂う場合は、少佐が私を撃ちますよ。ガルソン大尉と部下達は中佐を治そうと必死だったのでしょうね。指導師の資格を取り立てのカルロが赴任して、彼等は期待と同時に本部に嘘をついてきたことがバレると覚悟したでしょう。」

 ロホは遠い太平洋の僻地で心に異変を来した上官を守ろうと奮闘した隊員達を思い遣った。
 ケツァル少佐が腕組みした。

「アスクラカンで何かが起きたことは間違いありませんね。それにラバル少尉が関係しているのかしていないのか、それは本部が取り調べるでしょう。恐らくラバルは尋問に屈する筈です。大統領警護隊の司令部の尋問に耐えられる者はいません。でもそれで真相が判明するかと言えば、確実とは言えないでしょう。」

 テオは夜空を見上げた。乾季の空は晴れ渡って満天の星空だ。

「アスクラカンへ行く用事を作らなきゃいけないなぁ。遺伝子鑑定が必要なミイラが出土する遺跡とか、ないかい?」
「しかし、キロス中佐が話が出来る状態に回復したら、事情は聞けるでしょう。」
「酷い火傷だった。それに彼女がそうなった事情を彼女から聞けても、事件の解決に結びつくだろうか。犯人を探さないと・・・」
「テオ。」

と少佐がちょっと尖った声を出した。

「何故貴方がそこまでするのです? 遊撃班に任せなさい。」




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