2022/01/31

第5部 山へ向かう街     3

  テオはケツァル少佐を見つめ、それからロホを見た。

「3年前、アスクラカンを出たバスがティティオワ山で事故を起こしたんだよ。」

 彼が囁くと、ロホが少佐より先に反応した。

「貴方が記憶を失った事故ですか?」
「スィ。キロス中佐はその事故が起きる前にアスクラカンへ行き、事故のすぐ後でサン・セレスト村に戻って来たと、太平洋警備室の隊員達は言っていた。」

 少佐が尋ねた。

「貴方は、中佐があの事故について何か知っていると考えているのですか?」
「彼女の呪いを祓ったカルロが、中佐は悲しみにうちひしがれていると言ったんだ。だから・・・」

 テオは言葉を纏めようと考えた。

「中佐はもしかすると事故の原因を知っているのかも知れない。事故を防ごうとして出来なかったか、あるいは、あれは事故ではなく、何者かが仕掛けて、彼女はそれを阻止出来なかったか・・・」

 ケツァル少佐が彼の手に自身の手を重ねた。

「それで貴方はアスクラカンへ行きたいのですね?」
「スィ。アスクラカンはエル・ティティから車で1時間の距離だ。週末にエル・ティティに滞在する時に、出かけても良いんだ。買い物とか・・・」
「調査するなら、目標を決めないと、無駄足になります。」
「ラバルは純血至上主義者みたいな考えを口走っていた。」

 ロホが首を振った。

「オルト一族の様な人々と接触しない方が良いです。白人や”ティエラ”に危害を加えたりしないと思いますが、気持ちの良い人達ではありません。」
「それなら、キロス中佐が会いに行った医者の訪問先を探してみる。」

 ちょっと間を置いて、少佐とロホが「医者?」と質問した。それでテオは説明が抜けていたことを思い出した。

「3年前、エンジェル鉱石、今のアンゲルス鉱石だが、あの会社が従業員の健康診断で採取した血液を、当時俺がいた国立遺伝病理学研究所へ売り払ったんだ。それで俺がセルバ共和国に来るきっかけが出来たんだが、その仲介をしたのが、医者のバルセルと言う人物だった。キロス中佐は彼が”ヴェルデ・シエロ”の遺伝子が混ざったサンプルを売却したと知り、バルセルがアスクラカンに出かけたので追いかけた。そこまで俺に語ってから、彼女はおかしくなった。」

 少佐とロホは顔を見合わせた。ロホが尋ねた。

「そのバルセルと言う医者は今何処に?」
「知らない。調べなきゃ。」
「バルセルは”シエロ”ですか?」
「いや、白人だと聞いた。」
「彼が血液を売却したことと、純血至上主義は結びつきませんが?」
「だから、それを調べたい。」

 不意にケツァル少佐が電話を出した。何処かにかけるのを男達が眺めていると、彼女は先方と話し始めた。

「ブエナス・ノチェス、バルデス社長!」

 え? とテオとロホは思わず顔を見合わせた。少佐は喋り続けた。

「大統領警護隊文化保護担当部のミゲール少佐です・・・スィ、ご協力、感謝しております。」

 少佐はアンゲルス鉱石のアントニオ・バルデス社長と話している。 セルバ流に少し世間話をしてから、本題に入った。

「3年前の御社の産業医をしていたバルセルと言う医師は現在何処にいますか?」

 バルデスの返事を聞いた少佐の顔が曇った。

「本当ですか? ・・・ わかりました。グラシャス。」

 電話を終えたケツァル少佐はテオを見た。そしてわかったことを伝えた。

「バルセル医師は、貴方が巻き込まれたバス事故で亡くなっていました。」


1 件のコメント:

Jun Tacci aka ねこまんま さんのコメント...

テオは既にバルセルがバス事故で死んだことをガルソン大尉から聞いている。
でも少佐にそれを告げていなかったと言うこと。

第11部  紅い水晶     18

  ディエゴ・トーレスの顔は蒼白で生気がなかった。ケツァル少佐とロホは暫く彼の手から転がり落ちた紅い水晶のような物を見ていたが、やがてどちらが先ともなく我に帰った。少佐がギャラガを呼んだ。アンドレ・ギャラガ少尉が階段を駆け上がって来た。 「アンドレ、階下に誰かいましたか?」 「ノ...