突然カルロ・ステファン大尉がピクっと身体を緊張させ、後ろを振り返った。テオもそれに釣られて振り返り、一人の大統領警護隊隊員が近づいて来るのに気が付いた。
「ここの人だね?」
「スィ。ホセ・ラバル少尉です。」
「ブーカ?」
「ノ、カイナとマスケゴのミックスです。」
ステファンは先輩に敬礼しようとして、己が上の階級だと思い出した。本部にいる時は忘れないのだが、ここでは何か違う雰囲気が漂っているので、つい格下に敬礼してしまう。
ステファンの前に立ったラバル少尉は敬礼しなかった。テオをジロリと見て、それからステファンに視線を向けた。
「お知り合いですかな?」
「昨日こちらへ来る陸軍のトラックに3人の民間人を同乗させました。その一人です。」
友人とは紹介しなかったステファンの考えを、テオは敏感に察した。カルロは新しい任地の先輩達を警戒している。万が一の時、友人に手を出されたくないのだ。
テオは大統領警護隊を扱い慣れていない白人のふりをした。手を差し出して自己紹介した。
「グラダ大学生物学部のテオドール・アルスト、准教授です。よろしく!」
ラバルが怪訝そうな顔をした。
「大学の教授がここで何を?」
「教授じゃなくて、准教授です。」
テオは村民全員の細胞採取をすることに大統領警護隊の許可は不要だと知っていたが、一応断っておくべきだろうと思った。後で妨害されては困る。
「セルバ政府の依頼で先住民のDNAを採取しています。目的をお知りになりたければ、内務省のイグレシアス大臣に問い合わせて下さい。まぁ、秘密にするような話ではありませんがね。」
「先住民?」
「アカチャ族です。午前中にアンゲルス鉱石の協力で従業員からサンプル採取させてもらいました。明日は村の残りの住民にお願いして歩きます。予定では1週間こちらに滞在します。」
テオはまだ手を差し出したままだった。ラバルはチラリとステファンを見遣ってから、視線をテオに戻し、渋々その手を握った。テオはその軍人らしい厳つい手を握ったまま喋り続けた。
「大学院生を2名連れて来ています。男と女、若い学生です。真面目な子達ですが、港湾施設に慣れていないので、もし危険な場所に行きそうな時は注意してやって下さい。よろしく。」
やっと手を離してやると、ラバルは頷いて見せ、それからステファン大尉に「失礼します」と言って船舶が停泊している方角へ歩き去った。
テオは声が届かないと思われる距離まで彼が遠ざかると、ステファンに囁きかけた。
「かなり年長の少尉だな。」
ステファンが溜め息をついた。
「それで困っています。指揮官は中佐で副官は大尉ですが、残りの3人が年上の部下になるので・・・」
「本部でも大勢いるだろ?」
「本部には私の他にも若い上級将校が大勢いますよ。」
「指導師は?」
「中佐と私だけだそうです。」
「それじゃ、胸を張っていろよ。」
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