2022/01/23

第5部 西の海     19

 午後はアンゲルス鉱石以外の鉱山会社の波止場へカタラーニと共に出かけた。3社の小企業が共同で使用している波止場で、そこで5人からサンプルを採取出来た。アンゲルス鉱石のホセ・バルタサールから話を聞いていると言うことで、説明が短くて済んだ。そこで陸軍水上部隊にも一人アカチャ族の兵士がいると言う情報をもらった。流石に軍隊の基地にいきなり訪問は拙いので、次の日に電話でも入れようとカタラーニと話し合った。
 診療所に戻ると、センディーノ医師が自宅での夕食に招待してくれた。凝ったものは出なくて、BBQだったが、若い院生達は喜んでくれた。

「久しぶりに賑やかな夕食を取れて嬉しいわ。」

とセンディーノが言った。先住民達は食事会に来ないのかと訊くと、意外な答えが返ってきた。

「村の人達は私を招待してくれることはあっても、私の招待には応じてくれないの。理由を聞いても返事がないのよ。」
「それは・・・」

とカタラーニがちょっと考えてから言った。

「東のアケチャ族でも同じ習慣があるのですが、料理する前の食材にお祈りをしないといけないんじゃないでしょうか? 悪い霊を祓ったり、食材の霊に感謝していることを示せば、来てくれると思います。」

 テオは昼間ステファン大尉が話していたことと同じだったので、驚いた。それは”ヴェルデ・シエロ”も行うことだと言いたかったが、堪えた。

「つまり、ハラールの問題?」
「そうですね。」
「どうすれば良いのかしら? 教えてくれる気があれば、私が招待に応じてもらえない理由を訊いた時に教えてくれたわよねぇ?」
「きっと白人には理解してもらえないと思っているのでは?」

 ガルドスが少し悲しげに言った。彼女はメスティーソだが、時々純血の先住民から白人と同じ扱いを受けることがある。つまり、拒否だ。
 テオはちょっと考えてから、ふと思いついた。

「大統領警護隊も同じ種類の儀式を毎回調理する前に行うそうだ。カルロに頼んで、皆で教わらないか? それを看護師の前でやって見せたら、どうだろう?」
「大統領警護隊も調理前の儀式をするのですか?」

 院生達も医師もびっくりだ。だが宗教的なものは外国の軍隊でも行うだろう、とテオはイスラム世界の習慣を例にして言った。 

「そう言えば、大統領警護隊って先住民しか入れませんよね?」

と不意にカタラーニが言った。テオはドキリとした。

「メスティーソも入隊しているぞ。カルロはメスティーソだ。」
「イケメンですよね。」

 ガルドスは昨日一緒にトラックに乗った素敵な隊員を思い出してニッコリした。カタラーニはしかし興味があるようだ。

「陸軍に入った友達がいますが、15、6歳になる士官候補生を警護隊がスカウトに来るそうです。彼等は必ず先住民優先でしか採用しないとかで、警護隊に憧れていた友人は選から漏れてがっかりしていたことがありました。友人も僕と同じメスティーソなんですけどね。」

 すかさずテオは言った。

「俺には数人警護隊の友人がいるが、見た目が殆ど白人の男もいるし、アフリカ系の人もいる。選考の基準がどうなっているのか、外部にはわからないさ。」

 いや、大統領警護隊には決定的な選考基準がある。”ヴェルデ・シエロ”、しかもナワルを使って動物に変身する”ツィンル”しか採用しないのだ。
 カタラーニはテオの言葉に「そうなのかなぁ」と呟いたが、それ以上は突っ込んでこなかった。それで良いんだ、とテオは心の中で彼に言った。連中の正体を掘り下げようとしたら、命を失うぞ、と。

  

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