2022/01/23

第5部 西の海     17

  昼食の時に、村民全員のサンプルを採る話をすると、センディーノ医師は肩をすくめた。そして以前行ったアンゲルス鉱石の健康診断で採取した検体が残っていれば良かったのに、と言った。
 シエスタの時間。宿舎に戻って昼寝をするカタラーニと、仲良くなった看護師の家に遊びに行くガルドスと別行動を取ることにしたテオは、港の方へ散歩に出た。乾季なので空気は乾いている。ビーチは幅が狭く、どちらかと言えば岩礁が多い海岸線だ。水深もかなりありそうで、海岸からすぐに落ち込んでいる箇所が多いのだろう。だから鉱石を積む貨物船が出入り出来る港が建設されたのだ。
 船が一艘着岸しており、鉱石を運んで来るトラックを待っている状態だ。
 テオは作業の邪魔にならないように、使用されていない波止場で船を眺めていた。アメリカ時代は湖の岸辺の街で育ったので、船はあまり珍しくないが、太平洋を航海する船はやはり大きく迫力がある。セルバ共和国に来てからは、ジャングルや高原ばかりで、たまに学生達と海水浴に行く程度だ。グラダ港へ行ったことはない。植民地時代からある港で、立派なコンテナバースやクレーンなどがあるそうだ。

「シエスタですか?」

 背後から声をかけられた。カルロ・ステファン大尉だ、と思って振り返ると、果たしてそうだった。

「君もシエスタかい? 新しい配属先はどうだい?」

 ステファンが隣に並んで立った。気の抑制タバコを出して口に咥えたが、火は点けなかった。

「どうと訊かれてましても・・・」

 彼は苦笑した。テオはその表情を読んでみた。

「想像していたのと違うって顔だな。」
「貴方には敵わないなぁ・・・」

 ステファンは視線をテオと同じ船に向けた。

「奇妙な任務なのですよ。」
「奇妙?」
「通常、指導師の試しに合格すると、半年間本部の食堂の厨房で働くのです。」
「はぁ?」

 厨房で働くと言うこと自体が意外で、テオは思わずそう声を出してしまった。

「厨房で料理をするのが指導師の仕事なのか?」
「仕入れた食材のお祓いをします。それから食べ物となる動物や植物の霊に感謝して料理します。時には、毒が混入されていないかチェックもします。」
「ああ・・・」

 食材のお祓いは、イスラム教徒のハラールを見聞したことがあったので、テオも理解出来た。食べ物への感謝も先住民なら普通にする。毒味も大統領警護に必要だ。しかし半年もそれをやるのか、と驚いた。

「すると本部で働く筈が、いきなり太平洋警備室に行けと言われたのだな?」
「スィ。副司令が、ここで何が起きているのか見て来い、と。」
「何が起きているんだ?」
「それが掴めない。」
「初日だしな。」

 暫く彼等は船と海と空を眺めていた。それからテオがまた質問した。

「ここの隊員達と上手くやれそうか?」

 直ぐには返事がなかった。テオが横を見ると、ステファンは考え込んでいる目をしていた。カルロ? と声をかけると、彼は視線をテオに向けた。

「ここの人達は何と言うか・・・」

 ステファンは肩をすくめたが、それ以上は語らなかった。まだ2日目だ。先輩の批評をしたくないのだ。彼は話題を変えた。

「貴方の検査の方は上手く行っているのですか?」
「スィ。アンゲルス鉱石のバルデスが営業所の方に話をつけてくれていた。診療所の医師も協力的だし、看護師も学生と仲良くしてくれている。ただ・・・」

 テオは営業所長は虫が好かないと囁いた。

「先住民やメスティーソを見下しているんだ。だから君も注意してくれ。大統領警護隊に刃向かったりしないだろうが、従業員を虐待している様子だったら、注意を与えてくれないか。トラブルにならない程度で良いから。」
「わかりました。貴方も港湾施設を歩かれる時は気をつけて下さい。船乗りは気が荒い人が多いと聞きます。」


0 件のコメント:

第11部  紅い水晶     19

  2台目の大統領警護隊のロゴ入りジープがトーレス邸の前に到着した時、既に救急車が1台門前に停まっていた。クレト・リベロ少尉とアブリル・サフラ少尉がジープから降り立った。2人は遊撃班の隊員で、勿論大統領警護隊のエリートだ。サフラ少尉が一般にガイガーカウンターと呼ばれる放射線計測器...