2022/01/19

第5部 西の海     5

  学生達がケサダ教授を呼ぶ声が聞こえた。教授をお茶に誘っているのだ。ケサダは手で合図を送ると、残った食事を急いで食べてしまい、テオとロホに挨拶して、トレイを持って去って行った。彼の後ろ姿を見送りながらテオはロホに尋ねた。

「本当に君の用件は彼のクシャミのことだけかい?」

 ロホは迷った。テオにあの衝撃波の話をするべきだろうか。尤も教授自身がさっき言葉に出したので、テオも聞いているのだ。

「スィ、教授のクシャミです。」
「衝撃波を彼が出したのか?」
「私だけが感じたのです。デネロスとギャラガは感じていない様子でした。」
「それはつまり?」
「攻撃に使う気の爆裂波ではなく、身内に注意を促したり、呼びかけたりする時に使うものです。」

 ロホはちょっと考えて、周囲に聞き耳を立てている人間がいないことを確認してから説明を続けた。

「例えば、親が森の中や人混みで子供を呼ぶ時や、上官が己の部隊の部下だけに全員集合を掛ける時などに発する気です。ただ、先程貴方が教授に言われた様に、クシャミなどで無防備になった瞬間に発してしまう場合もあります。」
「教授のその衝撃波は大きかったのに、メスティーソの少尉達は気がつかなかったのか。」
「そうです。つまり、凄く独特の衝撃波を教授は出されたのだと思います。純血種のブーカやオクターリャ、サスコシなどにしか感じ取れない波です。」
「それにグラダも?」

とテオは付け加えた。そう考えたから、ロホはケツァル少佐に”心話”で報告してみたのだ。大臣の部屋にいても少佐にだって感じ取れただろうと思ったから。しかし少佐は無視した。

「ケサダ教授は純血種だろ?」
「でもマスケゴ族です。」

 ロホはこの時、一瞬テオの目が揺らいだことに気がついた。

「何かご存知なのですか、テオ?」

 ロホは鋭い。テオは己が隙を見せてしまったことを悟った。だが、「あのこと」は秘密にすると、ムリリョ博士と約束したのだ。だから彼はロホの顔を真っ直ぐに見て言った。

「今朝の教授のクシャミのことは忘れた方が身のためだ、ロホ。」

 ロホの目に「納得がいかない」と言う表情が浮かんだ。テオはどう言えば彼を納得させられるかと考え、”ヴェルデ・シエロ”流の語り方を思いついた。

「彼がどの部族の出身だろうと、彼をマスケゴとして育てた人の気持ちを考えてやってくれないか? そして彼はマスケゴとして生きているんだ。それを尊重して差し上げよう。君も古い考えの実家を出て新しい君自身の家を作ろうとしているんだ。理解出来るよな?」

 ロホが目を遠くへ向けた。そして呟いた。

「サスコシのメスティーソが純血のグラダを普通の子供として育てた様に・・・」
「そうだ。」

 改めて向き直ったロホの目はもう迷いがなかった。

「グラシャス、テオ。納得しました。今まで経験したことがない強さの衝撃波を感じ取ってしまったので動揺してしまいました。大尉になったばかりなのに、恥ずかしいです。」
「恥ずかしいことはないさ。ここは戦場じゃないんだ。だけど、そんなに大きかったのかい、彼のクシャミの衝撃波は?」
「スィ。これでやっとわかりました、少佐があの教授を怒らせるなといつも仰っている意味が・・・だからセニョール・シショカは彼に屈したのですね。」

 テオとロホは笑った。

「ところで、教授が文化保護担当部へ出向いたのは、どこかの遺跡を新たに発掘するためかい?」
「ノ。先日発見されたオルガ・グランデ聖マルコ遺跡の見学をなさりたいそうです。恐らく、ミイラの中に仲間外れがいないか、確認されるのでしょう。」

 ああ、とテオは納得した。以前ムリリョ博士から博物館収蔵のミイラの中から”ヴェルデ・シエロ”のものを探し出せと強制的にバイトをさせられたことがあった。ケサダ教授はそんな手間を後日に行いたくないので、自ら遺跡を見て幽霊の有無を確認するのだ。”ティエラ”の幽霊は生きている”ヴェルデ・シエロ”がミイラに近づくと怖がって遺体の中に隠れてしまうが、”シエロ”の幽霊は隠れない。だから助手ではなく教授自らが見に行く必要があるのだ。
 教授は生まれ故郷のオルガ・グランデを懐かしがって見に行く訳ではないのだ。恐らく10歳になるかならぬかのうちに離れてしまった故郷、母親もグラダ・シティに引き取ってしまっている現在は、未練がないのかも知れない。彼の胸の内は誰にもわからない。



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