2022/01/04

第4部 花の風     2

 「起こしてしまったか?」

とテオが申し訳なく思いながら言うと、ケツァル少佐はまだ彼の膝の上に頭を載せたまま答えた。

「あの男が緊張しながら近づいて来たので目が覚めました。」
「そうか・・・俺は声を掛けられる迄、彼が近づくのに気づかなかった。」
「彼に敵意を感じなかったので、それで構わないのです。私が目覚めたのは私の習慣ですから。」

 彼女が上体を起こした。テオは彼女をリラックスさせられなかったことを悔しく思った。出来ればずっと眠っていて欲しかった。しかし彼女は寝る位置を変えて彼の横に並んだ。

「私の頭が重くて眠れないのでしょう? 」
「いや、気にしなくて良いさ。」

 テオはもう一度草の上に体を横たえた。少佐が彼の胴に腕をかけて来た。ピッタリ体を寄せて来たので、彼はちょっとドキドキした。動悸が彼女に聞こえやしないかと不安になる程だ。それを誤魔化すために、彼も彼女の体に腕をかけた。
 目を閉じて、うとうとしかけた時、今度は甲高い子供の声でテオは目を開けた。
 10歳に満たない年頃の女の子が2人、近くの芝生の上で転がって遊んでいた。緩やかな傾斜になっているので、転がりながら下って行くのが面白いらしい。互いに良く似た顔の先住民の女の子で姉妹と思えた。テオが草の上に頭を置いたまま見るともなしに見ていると、さらにもう1人、もっと小さい子が転がって来た。スカートが捲れてパンツが丸見えになっても気にしないで転がって行った。
 子供って良いな、と思っていると、男の声が子供達を呼んだ。

「アンヘリカ、アンヘリナ、アンヘリタ、何処まで転がって行くんだ! 戻って来なさい!」

 あれ?とテオは思わず視線を斜面の上へ向けた。空が眩しく、声の主をすぐに見つけられなかった。だが聞き覚えのある声だ。
 キャッキャと子供の笑い声が響いた。男が誰かに指図した。

「あの子達を連れて来なさい、アンへレス。」
「はい、パパ。」

 軽やかに芝生の上を走って行く足音が聞こえた。テオは少佐が目を覚さないかと気になったが、彼女は彼をしっかり捕まえた姿勢で眠っていた。平和な子供の声は気にならない様だ。
 力強い落ち着いた歩調の足音が離れた所で止まった。男が立ち止まったのだ。テオは目を閉じた。こちらは昼寝をしているカップルだ。幼女のパンツなんか見ていないぞ。
 男は多分こちらの存在に気がついた。しかし、直ぐにまた子供達の後を追って丘を下って行った。女の子の声が叫んだ。

「パパ、アンヘリタがサソリを捕まえたわ!」

 え? テオはびっくりした。

「またか。尻尾に気をつけなさい。」

 そんな悠長なことを言ってる場合か? テオはちょっと焦った。

「尻尾はちぎっちゃった。」

 子供がそんなことをするのか?

「食うなよ。」

 そうだ、食うな!

「持って帰って良い?」

 駄目だと言え、パパ。

「仕方がない、ママにちゃんと見せるんだぞ。」

 どんな家族なんだ? 
 子供達の賑やかな話し声や笑い声が遠ざかって行った。
 テオは父親の声を聞いた記憶があったが、誰の声だったか思い出せなかった。パパと呼ばれていたから、父親だ。4人も女の子がいる父親の知り合いっていたかな? 

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