2022/01/05

第4部 花の風     3

  青い空の片隅にもくもくと湧き上がる雲が見えた。少し風が出てきた様だ。これは拙い。テオは体を動かし、ケツァル少佐に声をかけた。

「少佐、スコールが来るぞ。」

 少佐は目を開き、彼の体に腕をかけたまま頭を持ち上げた。空気の匂いを嗅いだ様だ。そして上体を起こした。空を見て、雲が到達する時間を計算したらしい。

「車まで走りますか?」
「そんなに早く降り出すのか?」
「あの雲はやばいです。」

 2人は立ち上がると芝生の上を走った。全力疾走する必要はなかったものの、急がねばならなかった。駐車場へ向かう人々の群れが見えた。セルバ人は雨に敏感だ。熱帯で体を濡らしたままでいると質の悪い風邪に罹る。時に生死に関わる風邪だ。テオが車を解錠する頃にポツポツと大粒の雨粒が落ちてきた。2人は素早く車内に滑り込んだ。
 ドアを閉めて直ぐに雨が降り出した。空は暗く、ほんの少し前迄晴れ渡っていたのが嘘の様だ。雷鳴も聞こえた。テオは音に敏感なので、雷鳴は好きでない。”ヴェルデ・シエロ”達も同様だ。毎日のように聞く音だが、動物が嫌う様に人間も嫌いな音だ。流石に少佐は雷鳴や稲妻で怯えて抱きついてきたりしないが、不快そうな顔でフロントガラスの向こうを睨んでいた。
 駐車場の車の中には同様に避難した人々がいた。そのまま帰ってしまう車もいたし、止むのを待っている車もいた。ガラスの向こうを流れる水を見ながら、テオは呟いた。

「さっきの親子は濡れずに避難出来たかな。」

 少佐が彼を見た。

「親子?」
「うん。公園で昼寝している時に、近くで遊んでいた親子がいた。女の子が4人と父親だ。一番小さい子が4、5歳かな? サソリを捕まえたんだ。」
「幼い子供がサソリを捕まえたのですか?」

 少佐の声に好奇心の響きがあった。凄いだろ、とテオは言った。

「父親は驚きもせずに、尻尾に気をつけろ、とか、食うな、とか注意していた。顔は見えなかった。俺は寝ていたから。」

 少佐がクスッと笑った。

「”ヴェルデ・シエロ”の親子ですね。」
「やっぱりそう思うか?」
「日頃から子供にそう言う生き物の対処法を教えているのでしょう。幼い子供でも動きが速い虫を捕まえることが出来るのです。”ティエラ”の家族なら、常識的に考えて、そんな危険なことをさせないでしょう。」
「確かに。」

 女の子ばかり4人・・・テオはふと最近そう言う構成の家族を持っているらしい人の情報を聞いた気がした。それで言ってみた。

「”シエロ”なら濡れずに済む方法も教えるんだろうな。」

 少佐が肩をすくめた。

「それは大人の分別を持つ年頃になってからです。子供のうちからそんなことを教えると、周囲に正体がバレてしまいます。」
「そうか・・・」

 ”ヴェルデ・シエロ”の子供を育てるのは、いろいろ苦労がありそうだ。純血種ならママコナのテレパシーを受信出来るので、親の直接教育とママコナのリモート教育を受けられるが、他人種の血が入ると、ママコナの声が聞こえなくなる。だから親が1人で頑張って教えなければならない。テオはそっと少佐を見た。もし彼女が俺の子供を産んだら、教育を全部彼女に一任しなければならないのか。
 彼の気持ちを察したのだろうか、少佐がこう言った。

「普通の子供として育てていけば良いのです。必要なことはその都度教えていく。”ティエラ”だってそうでしょ?」

 だからテオは苦笑しながら言った。

「俺は普通の子供として育てられなかったから、その辺のコツがわからない。」


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