スコールは20分程で終わった。短かったが、地面はびしょびしょで、もう寝ることは出来ない。テオは公園の駐車場から車を出した。
「次は何処へ行こうか?」
と声をかけると、ケツァル少佐はセルド・アマリージョを指定した。陸軍基地周辺に集まっている飲食店の一つで、閉店時刻が他所より早い代わりに開店時刻も早い店だ。テオの認識では健全な店の一つで、値段も手頃で料理も美味しい。以前は少佐の妹がアルバイトで働いていたが、今はもういない。グラシエラ・ステファンはロホとの交際を兄のカルロに認めてもらう条件にバイトを辞めたのだ。
ケツァル少佐が大統領警護隊の隊員だと言うことは、既に店の支配人やバーテンダーには知れ渡っている。初来店の時に軍服で来たのだから当然だ。テオはずっと私服なのだが、軍属と思われているのか、待遇が良い。
普段少佐は外食する場合、バルで軽く飲んでからレストランへ移動するのだが、このセルド・アマリージョは1箇所で用が足りてしまう。2人共車があるのでアルコール類は控えめにして、ビールを注文した。オリーブと生ハムの角切りを摘みながら、彼女が尋ねた。
「昼間に話しかけて来たアメリカ人ですが、どんな風貌でした?」
”ヴェルデ・シエロ”同士なら”心話”で一瞬にしてイメージを伝えられるが、テオは普通の人間だ。言葉で説明した。
「白人で30代半ばぐらい。髪は栗色、目は青、俺より薄い青だな。身長は多分俺より親指1本分、2.4インチ低いかな?」
「メートル法でお願いします。」
言われて、テオは黙って自分の指を見せた。ケツァル少佐はそれで許してくれた。
「顔は鼻筋の整った風貌で、イギリス系かな。鍛えているらしくて筋肉がTシャツの上からでも十分見てとれた。」
「名前はウィッシャーでした?」
「ロジャー・ウィッシャーと名乗った。ビジネスで先週来たばかりだとさ。」
彼女はそれだけ聞くともう興味を失ったのか、メニューを開いた。
「亀のスープがありますよ。」
「俺は遠慮する。」
「ではテイルスープ?」
「OK !」
前菜やメインディッシュを選び、テオはウェイターを呼んだ。量は「やや多め」だ。少佐は亀のスープを選び、スプーンにプルプルのゼラチン質の肉を載せて見せてくれた。
「ジャングルで監視活動をする時に、狩りとかするのかい?」
「ノ。そんな暇はありません。それに遺跡周辺は禁猟区指定になっているところが殆どです。」
「じゃぁ、ワニとか猪とか獲って食わないんだ。」
「そんな物を獲っても、1人では食べきれないし、かと言ってみんなで分けるには少ないでしょう。」
テオはオクタカス遺跡に行かされた時に食べたフランス隊の食事を思い出した。
「フランス隊だからフレンチのコースでも出してもらえるかと思ったが、豆ばかりだったな。それも君が作る美味しい煮豆なんかじゃない。缶詰を温めてそのまま鍋にぶち込んだ感じの豆だった。」
「村の住民を雇って料理させていたのでしょう。十分なチップをあげれば、それなりに美味しい物を作ってくれた筈ですけどね。」
「マハルダは今頃何を食べているんだろ?」
ブーカ族のマハルダ・デネロス少尉はオクタカスとグラダ・シティの間に空間通路を見つけたと言っていたが、彼女が帰ってきたと言う話をまだ少佐から聞いたことがなかった。もしかすると、気軽に帰って来るなと言われているのかも知れない。
ケツァル少佐にとってはマハルダ・デネロス少尉は妹より付き合いが長い。どっちかと言えばデネロスの方が本当の妹みたいだ。だからテオの口からデネロスの名が出ると、彼女はちょっと寂しそうな顔をした。若い部下が成長していくと、上官の中には嫉妬する人もいるが、ケツァル少佐は姉や母親の気分で接しているので、寂しさを感じるのだろう。大統領警護隊文化保護担当部は一つの家族の様なものだ。
テオは急いで話題を変えた。
「ロホはお祓いを無事に終えたかな?」
「SOSがこなかったので、大丈夫でしょう。」
少佐はロホのことは心配していなかった。彼の得意分野なので任せているのだ。上官が任務で部下を信頼しなければ部下が可哀想だ。
「アスルとアンドレはサッカーの試合に勝ったかな?」
「今夜貴方が家に帰って、酔っ払ったアスルを見つけたら訊いてご覧なさい。」
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