2022/01/27

第5部 山の向こう     8

 テオとステファン大尉、ガルソン大尉、そしてラバル少尉は先を争う様にオフィスの外に飛び出した。ジープが炎を上げていた。ドアが吹き飛び、ジープの左右の地面に女性が転がっていた。 左前がフレータ少尉で、右がキロス中佐だ、とテオは思った。離れた場所にパエス中尉が蹲っていた。テオはどっちを先にと思う間も無く、近い方のフレータ少尉に駆け寄った。ステファン大尉が気の力で炎を吹き消した。ガルソン大尉とラバル少尉はキロス中佐の軍服の火を消し、彼女を抱き起こした。
 恐らく”ヴェルデ・シエロ”の女性達はジープが爆発した瞬間自分でドアを吹き飛ばし、脱出したのだろう。普通の人間なら到底無理だった筈だ。フレータ少尉はテオが抱き抱え、中佐をガルソン大尉が抱え上げた。

「診療所へ運べ!」

 ステファン大尉はそばの陸軍水上部隊や沿岸警備隊の基地から人が駆け出して来るのを見た。彼はラバル少尉に命令した。

「パエス中尉を見てやれ! 怪我をしていたら彼も診療所へ!」

 年上でもどうでも良かった。素早く命令を出し、彼はジープをもう一度見た。火が完全に消えて二次爆発の恐れがないことを確認した。
 陸軍の部隊長がそばへ駆けつけた。

「何事ですか?!」

 ステファン大尉は彼等に命じた。

「燃えた車に誰も近づかせるな。村の入り口を封鎖しろ。港も封鎖だ。住民は家から出すな。」

 ステファン大尉が爆発したジープの現場検証を始めている間に、テオとガルソン大尉は負傷者を診療所に運び込んだ。午前の診療を終えかけていたセンディーノ医師の診療所は忽ち大騒ぎになった。フレータ少尉もキロス中佐も脱出したものの大火傷を負っていた。センディーノ医師は診察中だった年配の男性に、待つようにと頼み、大急ぎで手術室を開いた。
 テオが看護師の手伝いをしていると、カタラーニとガルドスが戻ってきた。彼等も爆発音を聞いて、走って来たのだ。何が起きたのかと尋ねる彼等に、テオは手術の手伝いをしてくれと頼んだ。医学生のガルドスが手術室に入った。
 カタラーニはまだ混乱している診療所の待合室に立ち、呆然と立っているガルソン大尉を見た。

「大統領警護隊に何かあったんですか?」

 テオはカタラーニを見た。起きたことを隠す意味がなかったので、彼は事実を教えた。

「ジープが爆発したんだ。フレータ少尉がキロス中佐を宿舎へ連れて行く為に乗り込んだ直後だ。2人共大火傷を負った。」

 爆発?とカタラーニが口の中で呟いた。
 テオは診察を中断されたアカチャ族の男性に声をかけた。

「怪我人の手術に時間がかかります。自宅で待たれますか?」

 男は手術室のドアを見て、それからテオを見た。最後にガルソン大尉を見た。

「ラス・パハロス・ヴェルデスも怪我をするのか?」

と男が尋ねた。大尉がその男に視線を向けたので、男は顔を伏せた。大統領警護隊に失礼なことを言ってしまったと後悔しているのが、テオには感じられた。しかしガルソン大尉は小さな声で呟いた。

「当たり前だろう。」

 男は黙って診療所から出て行った。外で陸軍水上部隊の兵士達が「家に入れ」と住民達に怒鳴っている声が聞こえた。
 大尉、とテオはガルソン大尉に声を掛けた。

「座って下さい。火傷の治療は時間がかかります。」

 ビクッと体を震わせ、それからガルソン大尉は彼を振り返った。目の焦点がやっと合った感じだった。

「ここで待っていても意味がない。」

と彼は言った。

「指導師の方が役に立つ。ステファンと交代してきます。」

 テオの返事を待たずに彼は外へ出て行った。

 


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