2022/01/22

第5部 西の海     9

  1週間程度の滞在ならサン・セレスト村の店で必需品を揃えることが出来ると言ったのは、ステファン大尉を拾う為に現れた陸軍の下士官だった。2人の院生と同じ飛行機でやって来たステファン大尉は陸軍基地に挨拶もせずに直接任地へ赴くのだ。それは彼の判断ではなく、大統領警護隊本部からの指示なので、陸軍基地司令官も承知していると言う。だから基地から水上部隊へ物資を運ぶトラックで大統領警護隊の隊員も運んでしまおうと言うことだ。テオは買い物をしてから夕方のバスで海辺の村へ行くつもりだったが、ステファンがトラックの荷台で良ければ乗って行くかと訊いたので、乗せてもらうことにした。
 テオが荷台に乗せてもらうことにした、と言うと、アーロン・カタラーニが助手席に乗せてもらっても構わないかと訊いた。飛行機で散々揺すられたので、トラックの荷台で乗り物酔いの限界に来るのではないかと心配していた。一同は笑って、運転手の下士官の許可をもらい、カタラーニは助手席に座った。テオとイサベル・ガルドスはステファン大尉と一緒に荷台に乗った。ネットでしっかり固定されている食糧品や生活用品の箱にもたれかかり、ネットを掴んで体を固定した。
 トラックは空港からオルガ・グランデの市街地を通り抜け、山道へ入って行った。遠去かる街並みを眺めながらガルドスが「都会生活よ、さようなら!」と叫んだので、ステファンが愉快そうに笑った。テオは彼に「試し」の内容を聞きたい衝動に駆られたが、我慢した。きっと外部の人間に漏らしてはいけない神聖な試験なのだろうと想像は出来た。呪いをかけられた人から呪いを取り除き、悪霊を追い払ったり、捕まえたりする修行だ。メスティーソの隊員でそこまで出来る人は滅多にいないと聞いたことがあったので、ステファン大尉はやはりシュカワラスキ・マナの息子として才能を持って生まれたのだ。そして祖父エウリオ・メナクからもかなりのグラダの要素を引き継いだのだろう。
 道路は舗装が終わり、ダートになった。トラックがギシギシと大きな音を立てて揺れまくった。喋ると舌を噛みそうだ。サスペンションが硬いとガルドスが文句を言い、ステファンが軍隊だから快適性は考えないと言った。彼等は気が合ったのか、話せる状態の道を走る時はお喋りして楽しんでいた。ステファンがメスティーソなので大統領警護隊だと意識せずにガルドスは話せる様だ。テオは外の風景を楽しんだ。灰色の岩石や黄色い土の山道が続いた。道幅は結構あって、アンゲルス鉱石や他の中小の鉱山会社が港への輸送路を整備していることがわかった。たまに港から戻る空のトラックとすれ違うと土埃が酷く、スカーフやマスクが欠かせなかったが、道路はティティオワ山の西斜面を大きく蛇行しながら下って行き、やがてトラック後部からでも真っ青な水平線が見え始めると、ちょっとした観光気分になった。
 途中でトラックは休憩の為に停車した。小さな集落があって、そこで飲料水を販売していた。コーラが高価だったので、テオはステファンと同じ地元でよく飲まれている甘味が付いたソーダ水を飲んだ。カタラーニは水だけで、ガルドスはレモン水を飲んでいた。運転士の下士官は持参した水筒で喉を潤していた。テオは時計を見た。空港を出てから2時間近く経っていた。ここから後どのくらいか、と訊くと、下士官は後1時間と答えた。
 セルバ人の1時間は1時間半だと思えば腹が立たない。トラックはまだ太陽が燦々と輝いている時間にサン・セレスト村に到着した。
 村はテオの想像と全く違っていた。石を積み上げて造った壁にコンクリートを薄く塗装し、屋根もちゃんとコンクリート製のしっかりした家が平地に並んでいた。メインストリートを挟んで山側に住宅、海側に商店や倉庫が並んでいた。

「高い位置に住宅があるのは、津波対策です。」

とステファンがそれとなく説明した。

「基地は海側にありますが、通信関係の施設は山側の別棟になります。」

 トラックが一軒の黄色い壁の家の前に停車した。カタラーニが降りて来て、後ろに来た。

「診療所に着きました。僕等はここまでだそうです。」


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第11部  紅い水晶     19

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