2022/01/25

第5部 山の向こう     2

 不気味な程長い沈黙があった。ガルソン大尉もパエス中尉も黙ってテオを見ていた。テオは真っ暗な窓の外に目を遣った。2人の”ヴェルデ・シエロ”の沈黙が彼の質問への肯定を表していた。
 テオは深呼吸した。

「あなた方は、キロス中佐があのバスを道路から崖下に落としたと考えておられるのですね?」

 ガルソン大尉がゆっくりと首を傾げた。

「問題の医者がそのバスに乗っていたのです。だが、あそこで彼を殺す理由がない。少なくとも、我々には理解出来ない。」

 パエス中尉も言った。

「医者はアメリカ人をエンジェル鉱石に紹介しただけです。いくらか謝礼は取ったかも知れないが、彼は我々の存在を知らなかったし、アメリカ人の目的も知らなかった筈です。 中佐があの医者を殺す理由はありません。ましてや罪のない37人の命を奪うなど・・・」
「だが、あの事故がキロス中佐に何らかの心理的プレッシャーを与え、彼女の生気を奪ってしまった?」
「我々には彼女の心の病の原因がそれしか思いつかないのです。」

 テオは考え込んだ。超能力を使って直接人間を死なせることは、”ヴェルデ・シエロ”にとって絶対にしてはならない掟だ。人望厚かったカロリス・キロス中佐がそんなことをする筈がない、と部下達は信じている。だが何が起きたのか、中佐自身は語ろうとしない。ただ内に篭ってしまい、日々生きているだけの存在になってしまった。

「大罪を犯すことは、”砂の民”でさえ避ける。バス事故は本当にただの事故だったんじゃないのか? キロス中佐はもしかするとあのバスに乗っていて、自分だけ助かってしまったと思い込んでいるんじゃないか? 守護しなければならない国民を目の前で死なせてしまって、心が壊れてしまったのだと考えれないか?」

 ガルソンもパエスも答えなかった。
 テオは事故当時の記憶がない己が歯痒かった。事故に遭う前の記憶は戻ったのに、あのバスに乗った所から病院で目覚める迄の記憶だけが彼の脳から抜け落ちているのだ。

 もしかすると、キロス中佐の心の病の原因を知っているのは、この俺なのかも知れない。

 テオは気分が悪くなってきた。しかし、ここで逃げ出す訳にいかなかった。ガルソン大尉とパエス中尉は太平洋警備室の重大な秘密を打ち明けてくれたのだ。だから、テオもその行為に報いなければならない。

「その事故を起こしたバスに、俺も乗っていたんですよ。」

 室内の気温が1度下がった気がした。2人の”ヴェルデ・シエロ”が動揺したのだ。テオは彼等に余計な期待をさせたくなかったので、素早く続けた。

「俺はあの事故の唯一人の生存者で、記憶を失ったのです。そしてケツァル少佐と出会った。過去の記憶は戻りましたが、どう言う訳か、あのバス事故だけは思い出せないのです。バスに乗る所から、エル・ティティの病院で目が覚める迄の間の記憶が今もすっぽり抜け落ちて、何も思い出せない。それが何とかなればキロス中佐の病気の原因もわかるんじゃないかな、と思うのですが。」

 その時、ガルソンとパエスが戸口の方へ視線を向けた。


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