2022/01/07

第4部 花の風     10

  テオはロジャー・ウィッシャーの顔を眺めた。

「それで、貴方が俺を探していた理由は? 大統領警護隊と仲良くしている元アメリカ人を探していると言うアメリカ人は、貴方のことでしょう?」

 ウィッシャーが苦笑した。

「随分失礼なことをしてしまった様です。父親の手掛かりを求めてアメリカ大使館に協力を要請した折に、セルバ共和国で人探しをする時は大統領警護隊に動いてもらわないと無駄だと言われたのです。それで大統領府へ行って、警備している兵隊に声を掛けたのですが、全く相手にしてもらえませんでした。ここの大統領警護隊って、インディアンばかりなのですね?」

 テオは眉を顰めた。中南米を渡り歩く人らしくない物言いだ。

「インディアンではなく、インディヘナと呼びますがね。」
「ああ、そうでした・・・」

 ウィッシャーが頭を掻いた。

「アメリカ人ばかりで集まる傾向があるので、白人も黒人も先住民をインディアンって陰口叩いてしまうんですよ。何しろ、こちらが思う様に動いてくれないものだから。メスティーソの人達は愛想が良いんですけどね。」

 それは先住民の習慣を理解していないからだ、とテオは思ったが黙っていた。本当はインディヘナの呼び方よりも部族名を一つ一つ呼ぶ方が礼儀に適っているのだが。
 ウィッシャーが話を続けた。

「大統領警護隊が相手にしてくれないので困っていたら、隊員と親しくしている元アメリカ人がいると噂で聞いたんです。グラダ大学で講師をしていると聞いたもので・・・」
「准教授です。」
「そうでした。失礼しました。准教授でした。だから、前置きが長くなってしまいましたが、父の足取りを調査してもらえるよう頼んで頂きたいのです。父の名前は、アンドリュー・ウィッシャー、愛称はアンディでした。スペイン風に名乗ればアンドレアになるかな?」

 ウィッシャーは名刺入れから写真を一枚出した。机から降りて、テオの前に来た。

「同じものをコピーして沢山持っていますから、差し上げます。これが父のアンドリューです。20年前の写真なので、今はもっと歳を取っていますが。」

 スーツを着て、カメラに対してちょっと斜めに体を置き、顔を正面に向けて笑っている中年の男性だった。髪の色はロジャーより薄い茶色で、金髪に近い。目は息子と良く似て、薄い青、セールスマンらしく人懐こい顔だ。テオは何処かで見た顔だ、と言う印象を持った。

「これをコピーして配れば良いんですか?」
「大統領警護隊でなくても良いんです。隊員が協力しろと言ったら警察も動くと聞いたので。」

 テオは頷いた。大使館はそれなりのセルバの常識を持っているのだ。大使館員を動かしてこの国の守護者達を怒らせたくないのだ。
 テオは足元に置いてあった鞄を教卓の上に置いた。

「もしよろしければ、ここにDNA 採取セットがあります。貴方のサンプルを採らせていただけたら、お父さんらしき人を見つけた時に比較しますよ。」

 するとウィッシャーが奇妙な笑顔を見せた。

「父らしき死体と言う意味もありますね?」

 テオは肩をすくめて見せた。

「可能性もあります。」

 ウィッシャーが口を開けた。テオは笑って鞄を開き、箱を出した。綿棒で頬の内側を擦ってもらい、それをビニル袋に入れた。

 

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