2022/01/29

第5部 山の向こう     16

 「ここは我々の国だが、”ティエラ”の国でもある。白人だってここで生まれたらこの国の人間だ。他所から来ても、この国で生きていくと決めたら、この国の人間だ。」

 ガルソン大尉はラバル少尉に言った。

「ここが我々だけの土地だった時代は遥か大昔のことだ。何故今更そんなことにこだわる?」

 ラバルは目隠しをされた顔をガルソン大尉の方に向けた。

「3年前、港湾の現場監督バルタサールが、彼の会社が労働者の血液をアメリカに売っていると教えてくれた。白人の国で得体の知れない薬を作る材料にしているのだ。薬が完成すれば、連中は世界中を自分達に従わせることに使うのだろう。そんなことは許されない。阻止しなければならない。」

 ガルソン大尉がテオを振り返った。そんな話を確かにテオが語ったことを思い出したからだ。ラバルは更に言った。

「そこにいる白人も村の住民の細胞を集めているではないか。我々の子孫を探しているのだ。我々を制圧するために。」

 テオは肩をすくめるしかなかった。エンジェル鉱石がしていたことは、ラバルが言った通りだ。国立遺伝病理学研究所は、病気の治療薬ではなく軍事目的の薬品を開発する研究をしていた。彼はラバルに向けて言った。

「エンジェル鉱石がしていたことは、貴方が言った通りだ。俺がいた研究所がしていたことも、貴方が想像した通りだ。だが、あの研究所はもうない。ケツァル少佐とステファン大尉がぶっ潰した。セルバ大使が向こうの政府に掛け合って、セルバ共和国に干渉しなければセルバ共和国もアメリカに対して何もしないと約束した。だから俺はこちらの国の国民として受け容れてもらえた。もう貴方が心配することはないんだ。」
「では、今お前がしていることは何だ? 口の中を棒でかき回して・・・」
「細胞を採取しているだけだ。これはセルバ政府の仕事だ。先住民保護政策で部族毎に助成金が出る。内務大臣がその助成金の予算をケチろうとして、東のアケチャ族と西のアカチャ族が同じ部族である証明をしろと俺に指図した。俺は国の両端に住む2つの部族が同じだとは思えなかったから、別々の部族である証明を遺伝子の分析で行おうとしている。2人の院生達も俺の意見に賛同してくれているんだ。2つの部族が別の部族だと証明できれば、それぞれが同額の助成金をもらえる。」

 ラバル少尉が沈黙した。ガルソン大尉が彼に尋ねた。

「君の思想はわかった。しかし、それとキロス中佐を襲ったことは、どう繋がるのだ?」

 ラバル少尉が息を吸い込んだ。ガルソン大尉がいきなりテオを突き飛ばした。テオは床に転がった瞬間、強烈な光を浴びて目を手で庇った。ドタンッと大きな音がして床に重たい物が倒れる気配がした。テオは思わず叫んだ。

「ガルソン大尉、大丈夫か?」
「大丈夫です。」

 落ち着いた声が聞こえ、大尉の手がテオの肩に触れた。

「光を浴びてしまったが、目をやられたりしていませんか?」

 テオは目を開いた。暫くチカチカしたが、直ぐに視力が戻って来た。彼は体を起こした。

「大丈夫、見えます。」

 後ろを振り返ると、ラバル少尉が椅子ごと床の上にひっくり返っていた。脚がだらりと垂れて、ラバルの口から血が流れていた。テオがドキリとしていると、ガルソン大尉が少尉を見て言った。

「気絶しているだけです。己が放った気の爆裂を己で食らったので、死にはしませんが、肋骨が折れて動けない状態です。」
「つまり・・・」

 テオは立ち上がった。

「貴方が彼の気を跳ね返した?」
「スィ。こんな場合は自分がブーカ族に生まれたことを感謝しますな。」
「俺は貴方に庇ってもらって感謝します。」

 マスケゴ族とカイナ族のハーフのラバル少尉の力は、ブーカ族のガルソン大尉に跳ね返されてしまった。テオは以前文化保護担当部と遊撃班の軍事訓練に参加させてもらった時のことを思い出した。ステファン大尉が放った気の爆裂を、ロホが跳ね返した。ステファンは己の気に耐えたが、近くにいたブーカ族や他の部族と思われる隊員3名は弾き飛ばされ、負傷した。ステファン大尉はグラダ族と数種の人種の血が混ざるミックスだから、その気の爆裂の威力は半端ない。ロホはブーカ族でしかもかなり優秀な能力者だから、見事に跳ね返したが、ステファンの味方であった隊員達は油断があってステファンの気の威力に耐えられなかったのだ。恐らく、とテオは思った、あれは反射波だったから、軽傷で済んだのだ。直撃していたら、訓練で放った気でも、大怪我をしていただろう。
 普通の人間が”ヴェルデ・シエロ”の気の爆裂をまともに食らったら、きっと命を失うのだろう、と容易に想像出来た。だから、彼等は掟で定めているのだ。能力を使って直接人間の命を奪ってはならない、と。
 ガルソン大尉は気絶しているラバル少尉を見下ろして言った。

「こいつは貴方を亡き者にしようとしました。キロス中佐とフレータも殺されかけた。大罪人です。」


 

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