2022/01/08

第4部 花の風     12

  テオがカルロ・ステファン大尉から以前聞いた話によると、アンドレ・ギャラガの父親はアメリカ人で、ギャラガが5歳の時に亡くなったことになっている。母親は父親の姓はギャラガだったと息子に教えたそうだ。しかしファーストネームを教えてもらった記憶はギャラガになかった。ギャラガをネグレクトして、偶に相手にする時は殴ったり罵ったりするばかりだった母親の名前はルピタ・カノと言った。ステファン大尉が言うには、ルピタはマリア・グアダルぺの愛称なのだそうだ。しかしギャラガは、記憶の中にある母親がそんな高貴な印象を与える名前だったとは到底思えなかった。ルピタは街娼だったのだ。彼女は息子に自分達はブーカ族だと教えていたが、カノと言う名前はカイナ族に多いのだと言う。ブーカ、オクターリャより力の弱いカイナ族であることは決して恥ではないのだが、ギャラガが放つ気は大きく、大統領警護隊は彼がルピタが言った通りブーカ族で間違いないだろうと考えていた。しかし、彼が初めてナワルを使った時、色は薄いものの黒いジャガーに変身したことから、彼の大きな気はグラダ族の血から来ていることが判明した。恐らく、グラダを遠い祖先に持ち、ブーカとカイナの血も受け継ぎ、”ティエラ”の血が混ざり、最後に白人の血が入った複雑なミックスの”ヴェルデ・シエロ”、それがアンドレ・ギャラガだった。
 ギャラガの外見は白人だ。色白で髪は赤い。目も薄い茶色だ。しかし完全に白人かと言えばそうでもなくて、先住民の雰囲気も持っている、そんな風貌だ。だからメスティーソの女性達に彼はよくモテる。現在のところ、仕事と勉学に忙しい男なので、恋人を作る気はないらしい。
 ギャラガは出自に関してコンプレックスがあるので、先祖の話が好きでない。特に白人の血のことに触れられるのを嫌がる。彼にすれば、今更親族が現れても迷惑なだけだ、と言う気分なのだろう、とテオは気遣った。両親の墓が何処にあるのかも覚えていない男は、もしかすると異母兄弟かも知れないアメリカ人の出現に、腹を立てているかの様に見えた。
 3軒目のバルで、ロホとアスルは卓上サッカーゲームに興じた。テオとギャラガはそばでそれを眺めながら、ビールを飲んでいた。

「例の父親探しをしているアメリカ人ですが・・・」

と不意にギャラガが話しかけて来た。テオは顔を向けて、聞いているよ、と示した。ギャラガが続けた。

「その男自身がエル・ドラドを探していると言うことはありませんか?」
「あー、成る程、そう言う考え方もあったなぁ。」

 テオは、ロジャー・ウィッシャーがアリアナや彼の様子を探りに来たとか、”ヴェルデ・シエロ”に関心を持って調べに来たとか、そっち方面を考えていたので、ギャラガの発想に盲点を突かれた感じがした。

「セルバに黄金郷伝説はないだろ? 俺はそこまで思いつかなかったな。」
「私はそのウィッシャーと言う男が、南の国に兄弟姉妹がいるかも知れないと考えないことを思うと、父親さえ見つければ、黄金があるかないか確認出来ると思っている様な気がします。」
「俺は彼のネット情報では海兵隊に所属した経験があるのに、彼自身が俺に話した経歴にはそれが一切触れられていないことが気になったんだ。俺がネットで確認することを予想しなかったのか、それとも知られても支障がない経歴なのか・・・」
「海兵隊よりCIA に属していた経歴の方が知られたくないと思いますけどね。」

 テオは彼を眺めた。

「アンドレ、君は英語を話せたな?」
「私の見た目が白人なので、上官の意向で英語の会話と読み書きはしっかり学習させられました。」
「アメリカ人のふりをしなくても良いから、英語が出来るセルバ人として、ウィッシャーと接触出来ないか? ”操心”とか習得しただろ?」
「ウィッシャーから情報を引き出すのですか?」

 ギャラガは好奇心で目を輝かせた。しかし、理性が勝った。

「面白そうですが、上官の許可を得ませんと・・・」

 彼がここで言う上官は、ケツァル少佐だ。ギャラガを警備班から引き抜いて、姉の様に見守りながら厳しく能力習得の監督をしている師匠でもある。怒らせると、非常に恐ろしい。”ヴェルデ・シエロ”は普通の人間の心を目を見て支配してしまう能力を持っているが、テオの様にその技が効かない人間も稀に存在する。少佐は、まだ未熟な部下が万が一にもそんな人間に遭遇して危険な目に遭わないよう、”操心”の無断使用を認めないのだ。
 だから、テオはこの場は退くことにした。

「そうだな、俺の好奇心を満たす目的で君が営倉送りになっては申し訳ない。俺から少佐に相談してみる。どのみち、この写真を配らないといけないから。」



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