2022/01/11

第4部 花の風     24

  テオが仕事を終えて帰宅する準備をしていると、ケツァル少佐から電話がかかってきた。出来れば直ぐに会いたいと言うので、カフェテリア・デ・オラスで待ち合わせる約束をして大学を出た。徒歩でも10分の距離だ。車を文化・教育省の駐車場の空きスペースに置いて、カフェに行った。少佐も直ぐ来た。ただし、少佐は2人いた。どちらも大統領警護隊だ。

「ブエノス・タルデス、ロペス少佐。何か御用ですか?」
「ブエノス・タルデス、ドクトル・アルスト。例のアメリカ人の件です。」

 まだ何も注文していなかった。ケツァル少佐が車の中で話しましょう、と言うので、彼女のベンツまで行った。

「父親探しをしていたアメリカ人ですね?」

とテオは確認した。ロペス少佐が「スィ」と肯定した。ベンツの後部席に男性2人が並んで座り、ケツァル少佐は運転席に座った。ロペス少佐が先に言った。

「先ず、貴方の方の出来事を話して頂けませんか? ウィッシャーと名乗る男の父親探しの進捗状況です。」

 それで、テオはウィッシャーが公園で話しかけて来た翌日、マカレオ通りの食料品店で再び出会ったことを語った。アスルからも大統領警護隊に声をかけて来るアメリカ人の話を聞いたので、ネットで検索して、ウィッシャーが勤務する靴の会社が実在すること、ウィッシャーの経歴に海兵隊勤務があるのに、本人との会話では一度もそれが出てこないこと、C I Aの仕事をしていたと本人は言ったが、それなら父親探しもそちら方面で出来る筈なのに、コネを使わないこと、ウィッシャーは大学の講義の最中に教室に現れ、父親探しを依頼してきたこと、その際にDNA検査用サンプルを採取させてくれたことをかいつまんで話した。

「それから、ニュースになったのでご存じだと思いますが、考古学部がオルガ・グランデで出土したミイラの鑑定を依頼して来て、ケサダ教授と学生達が俺の研究室でミイラの荷解きをしたんです。布を剥がしたら、ミイラの腕に腕時計が嵌められていて、まるで助けを求めるような異様なポーズをしていました。しかもインプラントで歯の治療をしていた。直ぐに憲兵隊に連絡してミイラを引き取ってもらいました。ウィッシャーに憲兵隊が腕時計を見せたら、父親の時計だと確認しました。インプラントの方もアメリカから歯科医療記録を取り寄せるそうです。 ウィッシャーも父親に間違いないだろうと言っています。それから・・・」

 テオは医学部でコンピューター処理による復顔術で、写真のアンドリュー・ウィッシャーと同じ顔が現れたと話した。

「まだコンピュータ画像の話をロジャーに連絡していないのです。恐らく、あれを見ればミイラが父親のものだと納得するでしょう。」
 
 するとロペス少佐が言った。

「ミイラが写真の男である可能性は否定出来ないでしょう。確かに、20年近く前に南の国境検問所からセルバに入国して、出て行った記録が何処にもないアメリカ人が一人いました。アンドリュー・ウィッシャーと言う名前に間違いありません。」
「では・・・」
「しかし、アンドリュー・ウィッシャーに息子はいませんでした。」

 テオは思わず、「ハァ?」と声を上げてしまった。

「しかし、ロジャー・ウィッシャーのネット上のプロフィールには、父親はアンドリューと書いてあった・・・」
「そもそもロジャー・ウィッシャーと言うアメリカ人はいないのです。否、貴方が会っていた男はロジャー・ウィッシャーではない、と言った方が良いでしょう。」
「それじゃ、あのネット情報自体がフェイクですか?」
「今どき、ネットで直ぐ身元を調べられるとわかっている組織がでっち上げた偽のプロフィールでしょう。20年前に行方不明になったアメリカ人がいたので、それを利用したのです。恐らく、ロジャーと名乗る男は少しばかり顔を整形していると思います。それとも行方不明者に似た顔の男が任務を与えられたか・・・」
「任務?」

 ケツァル少佐がそこで初めて言葉を発した。

「テオ、ロジャー・ウィッシャーとミイラのDNAを比較分析したのですか?」
「否、まだだ。分析器に入れて、君の電話をもらったのでそのままにしてある。分析表は夜中に出て来る予定だ。」

 アンドレ・ギャラガとロジャーの比較はしたが、これはアスルとの約束で2人の少佐には言えない。

「きっと他人ですよ。」

とロペス少佐が言った。

「ロジャー・ウィッシャーなる人物の真の目的が何であれ、彼は大統領警護隊を騒がせた。当然ながら外務省は彼の身元調査に遊撃班の出動を依頼しました。私の耳には入っていないが、”砂の民”もその動きを察しているでしょう。遊撃班がウィッシャーを捕まえれば、あの男の命は助かるでしょうが、そうでなければ、我々には何も出来ません。」

 背筋が寒くなるようなことを言って、ロペス少佐はベンツから出た。そして近くに駐車してあった彼自身の車に乗り込むと、直ぐに走り去った。
 テオは黙ってそれを見送っていた。ケツァル少佐が咳払いしたので、彼は我に帰った。

「ごめんよ、直ぐに出る。」

 すると少佐が言った。

「明日、うちへ夕食に来ませんか? アスルも一緒に。」


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