”心話”はいつもの様に一瞬で終わった。ケツァル少佐が「グラシャス」と礼を述べると、キロス中佐は目を閉じた。目尻から涙が流れた。そして彼女の手がテオの手を握り返した。傷ついた唇が動いた。
「部下達に謝りたい・・・」
少佐が言った。
「早く良くなって下さい。そして部下達の為に、本部で証言して下さい。貴女が元気になれば彼等はそれだけでも救われます。」
「グラシャス、少佐。」
テオも礼を言って、2人は急いで病室を出た。見張りの兵士の目を覚まさせてから、彼等は重症患者用病棟を出て、階段で下へ下りた。少佐が気で呼んだのか、それとも階段を見張っていたのか、アスルがスッと足音を立てずに近寄って来た。少佐は何も言わずに病院の出口に向かった。テオとアスルは黙ってついていった。
陸軍病院から出ると、彼等は10分程歩いて、街中の食堂に入った。労働者達の朝食時間は遠に過ぎており、店の中は空いていた。まだ朝食を取っていなかった3人はそこで遅い朝ごはんを食べた。食べながら少佐がアスルに尋ねた。
「邪魔が入らずに話が出来る場所は近くにありますか?」
アスルが頭の中のオルガ・グランデの地図を検索するような表情になった。テオは陸軍基地の大統領警護隊が使用する部屋はどうかなと提案しようかと思ったが、さっきの内部調査班も使う可能性があると気がついた。あの連中は敵ではないが、邪魔だ。
アスルが思考の海から戻ってきた。
「空き家の街はどうですか? カルロが昔遊んでいたと言うスラムの一角です。」
ケツァル少佐はその場所にあまり馴染みがない様だったが、その提案を採用した。
食堂から出ると、近くのカフェから内部調査班が出て来るのが見えた。3人は彼等を無視して歩き出した。尾行されるかとテオは心配したが、あちらは再び病院の方角へ歩き去った。ひょっとすると、フレータ少尉を尋問するのかも知れない。
空き家の街は、近いと言っても半時間以上歩かなければならなかった。少佐はタクシーを拾わなかったが、考えてみればスラム街に行ってくれるタクシーがあるだろうか。
初めて大統領警護隊と関わった時、テオはオルガ・グランデのスラム街に少佐達と訪れたことがあった。山の斜面に掘建小屋の様な貧しい家々がびっしりと建て込んでいた。そこがカルロ・ステファンの故郷だと知ったのは、ずっと後のことだ。「空き家の街」と呼ばれる一角はそのびっしりと家が立ち並び、人々が日々の糧を厳しい労働で得て暮らしている活きた区画から少し外れていた。昔のスラムと言うより、昔の市街地の端っこだ。石造りの家が斜面に並んでいた。まだ住んでいる人もいるので、所々で洗濯物が干されていた。しかし大半の家は空き家だった。壁に落書きがあったり、ゴミが捨てられていた。怪しげな商売をしている人が怪しげな物を保管する倉庫になっている家もあった。
3人は家の中には入らずに、更地になっている石のテラスの様な場所で腰を下ろした。少佐を挟んでテオとアスルが左右に座る体制だ。
歩いて来たので、暫く3人は静かに座っているだけだった。休憩して、周囲に人がいないと確信出来る迄時間を掛けた。それから、少佐が言った。
「これから語るのは、キロス中佐が教えてくれた話です。私も話しながら整理していきますから、矛盾があれば指摘してもらって結構です。」
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