2022/02/09

第5部 山へ向かう街     15

  石のテラスに座ってオルガ・グランデの市街地を見下ろす形で3人は並んでいた。セルバ共和国の大都市はあまり高層ビルがない。東海岸は海岸に沿って高いビルが並んでいるが、グラダ・シティ市街地は”曙のピラミッド”より高い建物を建設することが禁止されているから、低い土地でも4階建が精々だ。オルガ・グランデは別の理由で高層ビルが建てられない。地面の下に地下川が流れており、金鉱山の坑道が張り巡らされている。昔の地下墓地もある。つまり、地盤の強度の関係だ。高いビルが立っているのは硬い岩盤の地区で、テオ達が座っている石の街、別名「空き家の街」はその岩盤が斜面を登っていく所にあった。オフィス街の裏手にスラム街がある。現役のスラム街はもう少し旧市街地に近い西側にあった。

「キロス中佐は、ホセ・ラバル少尉に恋をしていました。」

 いきなりケツァル少佐はその言葉から始めてテオとアスルを驚かせた。

「中佐が少尉に恋ですか?」
「しかしラバルは・・・」

 テオはラバル少尉が25年も太平洋警備室に勤務していたことを思い出した。だからアスルに教えた。

「ラバル少尉は40代半ばの人だ。キロス中佐より彼は若い。」

 アスルは黙り込んだ。階級を超えた恋が悪い訳ではない。年齢差もどちらが上だろうが構わない。だが上官が部下に恋とは、下手をするとパワハラと受け取られかねない。
 少佐が続けた。

「勿論、中佐の胸に秘めた恋です。」

 それは”心話”で得た情報だから真実だ。キロス中佐はそんな秘密を内部調査班に知られたくなかっただろう。ましてや”砂の民”に。

「ラバル少尉はポルト・マロンの港湾労働者達に人望があり、彼等からエンジェル鉱石本社が従業員の健康診断で採取した血液をアメリカの製薬会社に売却したと言う情報を得て、中佐に報告しました。太平洋警備室はオルガ・グランデの守護をしています。中佐は製薬会社が人間の血液を使って新薬の開発をすることを知っていました。それ自体は珍しいことではありません。ただエンジェル鉱石はセルバ最大の企業の一つです。従業員の数は多く、いろいろな人種が混ざっています。中佐は一族の人もその中にいるのではないかと危惧しました。製薬会社は遺伝子を分析するでしょう。もし”シエロ”の遺伝子だとわかるものが混ざっていると大変だと彼女は思ったのです。」

 テオは頷いた。エンジェル鉱石が血液を売った相手は製薬会社などではなく、アメリカ陸軍基地にある国立遺伝病理学研究所だった。遺伝子そのものを研究する機関だった。

「中佐はエンジェル鉱石の本社を訪問して、アンゲルス社長に従業員名簿を見せるよう要求しました。アンゲルスはセルバの古い宗教を信仰していませんでした。大統領警護隊の要求を拒否したのです。従業員の個人情報を開示する訳にいかないとの理由でした。中佐は彼から情報を引き出そうと試みました。そして血液採取した従業員の名簿は産業医バルセルが持っていることを知りました。その時バルセル医師はアスクラカンに出かけていました。彼がオルガ・グランデに戻る迄待てなかったキロス中佐は、アスクラカンへ彼を探しに出かけました。」

 ケツァル少佐がキロス中佐からもらった情報はキロス中佐の記憶と思考のみだ。客観的事実ではない。だからケツァル少佐も慎重に語らなければならなかった。テオとアスルにこの話が真実だと思い込まれては困る。そして彼女自身も語りながらそれが本当の話だと錯覚してしまう恐れもあったから、彼女は出来るだけ傍観者の立場であり続けようと努力した。

「バルセル医師がアスクラカンで何をしていたのか、それはキロス中佐の記憶にありません。抜け落ちているのか、彼女がそこまで調べなかったのか、分かりません。兎に角彼女はアスクラカンでバルセルを探しました。そしてバルセルではなく、ラバル少尉を見つけてしまいました。」

 アスルが片手を肩の高さに上げて、質問があることを示した。少佐は休憩を兼ねて彼に質問を許可した。アスルが尋ねた。

「ラバルはアスクラカンへ何をしに出かけていたのです?」
「それをこれから語ってもらうのさ。」

とテオは言ったが、アスルが気を悪くする前に、彼が知っていることを話した。

「ラバル少尉は休暇を取っていた。彼は毎年数日休暇を取って出かけていたそうだ。休みの間に彼が何処へ出かけていたのか誰も知らないんだ。家族の所に帰っているのだろうとガルソン大尉達は思っていたみたいだが。」

 しかしその推測が違っていたことを、ケツァル少佐の表情が語っていた。

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