2022/02/07

第5部 山へ向かう街     13

 20分後、医師が病室から出て来た。次いで大統領警護隊の2人の将校も看護師に追い出されるかの様に出て来た。彼等が近くまで来ると、ケツァル少佐とテオは立ち上がった。内部調査班の将校達は少佐の前で立ち止まった。敬礼を交わし、”心話”が交わされた。そして無言のまま、男性達は立ち去った。 
 ケツァル少佐が溜め息をついた。テオは何となく”心話”の内容が想像出来た。大統領警護隊内部調査班はケツァル少佐にキロス中佐への面会を禁じたに違いない。そして彼等は何も情報を分けてくれなかった。
 彼は彼女に尋ねた。

「もしかして、内部調査班はキロス中佐から何も聞けていないんじゃないか?」

 少佐が、そうです、と言った。

「先刻の”砂の民”が彼女から強引に情報を引き出そうとして、彼女が抵抗した様です。中佐の心は内に篭ってしまいました。内部調査班が彼女に声をかけましたが、反応がないそうです。」
「彼女の心をこちら側に呼び戻さなければならないってことか?」

 テオは347号室を見た。見張りの兵士は背筋を伸ばして椅子に座っていた。
 テオは311号室を見た。見張りはいない。内部調査班もいない。彼等は巻き込まれて負傷したブリサ・フレータ少尉を無視している。尋問しても何も得られないと思っているのだ。彼女に訊くとしたら、キロス中佐の異常を本部に報告しなかった職務怠慢の件だろう。
 ふとテオは思いついたことがあって、347号室に向かって歩き出した。少佐が訝しげな顔をしたが、彼女も黙ってついてきた。部屋の近くへ行くと、見張りの兵士が立ち上がった。テオは少佐に囁いた。

「頼む・・・」

 少佐が前に進み出て、兵士の目を見た。気の毒な兵士はその日2度目の”操心”で、ぼーっとなって椅子に腰掛けた。
 テオは廊下を見て、誰も見ていないことを確認した。ドアを開けて少佐と一緒に中に入った。
 キロス中佐は酸素マスクを付け、点滴の針を腕に刺して寝ていた。顔と両腕に包帯を巻かれていた。頭部も包帯で包まれていた。
 テオは中佐の耳元に顔を寄せ、囁いた。

「キロス中佐、サン・セレスト村で貴方に面会したテオドール・アルストです。覚えておられますか?」

 反応はなかった。中佐の目は包帯の奥で閉じられていた。彼は続けた。

「貴女が3年前に心を閉ざされてから、ガルソン大尉もパエス中尉もフレータ少尉も、貴女が必ず良くなると信じて、本部に貴女の不調を報告しませんでした。その為に、彼等は今、本部から職務怠慢を理由に懲戒を受けようとしています。最悪の場合、反逆罪に問われるかも知れません。どうか、部下達の罪が少しでも軽くなる様に、貴女に起きた出来事を語ってくれませんか? 3年前、アスクラカンで何があったのですか?」

 中佐の睫毛が微かに震えた様な気がした。テオはさらに訴えた。

「俺は3年前、アスクラカンからオルガ・グランデに向けて出発したバスに乗っていました。エル・ティティでバスは事故を起こし、37人が亡くなり、俺一人生き残りました。俺は今も事故当時のことを思い出せません。何があのバスに起きたのか、ご存知ではないのですか? 俺はあの事故で死ぬべきだったのでしょうか? それとも、貴女はあの事故に全く無関係で何もご存知ないのですか? どうか教えて下さい。」

 彼は中佐の手を軽く握った。包帯こそ巻かれていないが、火傷をしている手だ。苦痛を与えたくなかった。

「ここに、グラダ・シティからシータ・ケツァル・ミゲール少佐が来ています。彼女に”心話”で伝えて頂けませんか?」

 少佐も彼の横から中佐の顔の上に身を乗り出した。そして先住民の言葉で話しかけた。テオは意味がわからなかったが、少佐が自己紹介したことだけはわかった。
 フッとマスクの中が白く曇った。そして、キロス中佐が瞼を開けた。

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