2022/02/02

第5部 山へ向かう街     7

 テオはグラダ・シティのセルバ国防省病院に行ったことがある。憲兵隊に反政府ゲリラと繋がりのある男がいて、ケツァル少佐が撃たれて入院した時だ。あの時、少佐を撃ったのは盗掘品密売及び麻薬犯罪組織のメンバーだと勘違いして敵の要塞に突撃したアスルも、脚を折って入院していた。 セルバ国防省病院は首都にあるだけあって、グラダ大学病院と並ぶ最新の医療設備が整った近代的な病院だった。オルガ・グランデの陸軍病院もエル・ティティの町立病院より進んでいるが、地方の医療機関だと言う雰囲気は拭えなかった。
 先ず、建物が古かった。石造りの外観と同じく、中も石造りだ。床や壁はツルツルに磨かれていたし、ペンキも明るい色が塗られていたが、採光状態は良くなく、昼間も照明が必要だ。消毒薬の臭いが空気中に漂い、服装だけは現代的なユニフォームを着たスタッフが歩き回っていた。陸軍病院は軍人だけでなく、その家族や軍属も利用出来る。セルバ共和国は何処の国とも戦争していないが、勤務中の怪我や病気で入院加療している人間が絶えなかった。
 テオ達は東棟の3階に階段で上がった。ケツァル少佐もアスルもエレベーターを好まない。恐らく狭い箱の中に入るのが嫌なのだ。或いは扉が開いた時に外で敵が待ち構えていることを想像してしまうのかも知れない。
 見舞いなら何か持って来れば良かった、とテオは思ったが、まだ早朝だ。店が開く時間には早かった。
 石のカウンターがあり、その向こうで事務員らしき男性が座って居眠りをしていた。アスルが彼の前に立ち、顔を覗き込んだ。

「オーラ!」

 彼が声を掛けると、事務員がビクッとして目を開いた。アスルと目が合った。アスルが尋ねた。

「大統領警護隊の女性達は何処にいる?」

 事務員はぽかんとして彼を見返した。

「311号室と347号室です。」

 テオは廊下を見た。右側へ伸びている廊下の南側は300番台、北側が310番台、左側の廊下の南側は320番台、北側が330番台、正面から向こうへ伸びている廊下は東側が340番台、西側は手術室や備品倉庫、スタッフルームの様だ。つまり、340番台の病室は重症者の部屋だ。
 彼は仲間に告げた。

「フレータが311号室で、キロス中佐は347号室だ。」

 少佐も左右の廊下と正面を見て、彼の意見を認めた。正面の廊下に椅子を置いて座っている兵士が見えた。”ティエラ”だが、陸軍特殊部隊の隊員だろう。
 フレータ少尉の病室に警護は付いていなかったが、個室だった。まだ早朝だ。日は昇りかけているが、311号室は北側なので暗いだろう。受付に近い部屋だ。少佐はアスルに見張りを命じ、自分でドアをノックした。返事はなかったが彼女は構わずにドアを開き、テオに入れと目で命じた。
 テオはそっと病室内に入った。部屋の中央に1台だけ置かれたベッドの上でブリサ・フレータ少尉が横たわっていた。右頬に薬を塗ってガーゼが貼られている。右腕も火傷の治療が施されていた。
 少尉は目覚めており、入室したのがテオだったので、びっくりして目を見張った。

「ドクトル・アルスト、何故貴方がここに・・・」

 彼女は口を閉じた。テオに続いて入って来たケツァル少佐に気がついたからだ。誰? と思う疑問と、少佐が持つ雰囲気で仲間、しかも上位の人間と言う認識が働いた様だ。フレータはベッドの上に起きあがろうとした。

「そのままで。」

と少佐が囁いた。静かな声だが、フレータを従わせる上位者の響きがあった。少尉は素直に体をベッドに戻した。テオが紹介した。

「大統領警護隊文化保護担当部の指揮官ケツァル少佐・・・じゃなかった、ミゲール少佐だ。」

 フレータが言った。

「ケツァル少佐のお噂は伺っております。暗がりの神殿で大罪人を捕まえたグラダの族長ですね?」

 一般の隊員達には、あの地下の聖地の存在は秘されているのだ。テオ、少佐、ステファン大尉、そしてロホの冒険は大罪人逮捕と言う情報で大統領警護隊に広められていた。
 少佐は微笑して頷いた。そして優しく声をかけた。

「傷の具合はいかがですか?」


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