2022/02/02

第5部 山へ向かう街     8

  ブリサ・フレータ少尉は、頬と右腕の熱傷が重かったが、胴はすぐに火を消せたので皮膚の炎症程度で済んだと言った。打撲は車外に弾き飛ばされた時の物で、爆発で何かがぶつかったのではない、とも言った。

「キロス中佐が私を外へ出して下さったのです。私が中佐を守らなければならなかったのに・・・」
「狙われたのは中佐です。標的にされたことを彼女は貴女より先に察知したのです。貴女とパエス中尉を車から遠ざけることで彼女は精一杯だったのでしょう。敵の気を祓う力はなかった様です。」
「犯人は誰だったのです?」

 フレータ少尉の目は不安で満ちていた。10年近く一緒に勤務して来た仲間の誰かが裏切り者だと思いたくないのだ。しかし隠すべきことではない。
 テオが尋ねた。

「昨日は誰も君に事情聴取に来なかったのかい?」
「誰も来ませんでした。」

 フレータ少尉は心細そうな顔だ。忘れられているのか、見捨てられたのか、と不安がっている、とテオは感じた。ケツァル少佐が同じことを言葉で変えて尋ねた。

「本部から誰も来ませんでしたか?」
「来ていません。私は傷を治す為に自分で体を睡眠状態に落としていました。目が覚めたのは昨晩です。巡回に来た看護師に目覚めたことを伝えて、流動食をもらいました。中佐の具合を尋ねましたが、順調に回復に向かっているとしか教えてもらえません。」

 フレータは悲しそうに囁いた。

「本部に私達の嘘が知られてしまったのですね。中佐は健康だと言う嘘が・・・」

 ケツァル少佐が頷いた。

「中佐のことを思ってしたことでしょうが、本部はあなた方が3年間嘘の報告をしていたことを重く捉えるでしょう。」
「私はどうなっても構いません。でも・・・」

 フレータは涙を落とした。

「ガルソン大尉とパエス中尉には家族がいます。子供達が可哀想です。」

 それはテオも同じ思いだった。しかしケツァル少佐はドライに面会の目的を果たそうとした。

「あなた方を襲ったのは、ラバル少尉でした。」

 えっとフレータが体を跳ねるように起こした。熱傷の部分が引き攣ったのか、苦痛で顔を歪め、テオは思わず彼女の背中に手を回して彼女を支えた。フレータは痛みを後回しにしてケツァル少佐に尋ねた。

「ホセ・ラバルがどうして中佐を襲わなければならないのです? あの人は25年も太平洋警備室で真面目に勤務されていたのに・・・」
「その25年の内に何かが彼を変えたのでしょう。 彼は少尉のままですね、ガルソン大尉やパエス中尉は彼より若いです。派遣されたステファン大尉はまだ22歳です。 ラバルが面白くないと感じても不思議ではありません。ただ、彼は純血至上主義者の思想を逮捕時に語ったそうです。貴女は彼が今迄そんな話を語るのを聞いたことがありますか?」
「純血至上主義者ですって・・・?」

 フレータ少尉は首を傾げ、頬の筋肉が引っ張られたのか、また痛みに顔を顰めた。しかし重度の熱傷の割には元気なので、”ヴェルデ・シエロ”らしく治癒能力を発動させている。このまま病院で大人しく休んでいれば、早く回復する筈だ。顔の火傷も跡が残らない程度に回復するだろう。
 フレータは首を振った。

「ラバル少尉は半分カイナ、半分マスケゴです。”ティエラ”からみれば純血の”シエロ”ですが、少尉の様な一族の中のミックスの人は純血至上主義を毛嫌いしています。彼がそんなことを逮捕時に本当に言ったのですか? 信じられません。」

 テオとケツァル少佐は顔を見合わせた。それでテオは別の質問をしてみた。

「ラバル少尉に友人はいるのかな? 君と彼は世代が違うから、個人的な話をすることはないと思うが、彼が休日に出かけたり、誰かが訪ねて来たことがあったとか?」

 フレータはまた考え、それからテオに顔を向けた。

「客が彼の所に来たことはありません。ご存じの様に、彼は宿舎で一人住まいでしたが、客が来れば、狭い村のことですし、直ぐに太平洋警備室の隊員全員にも村人にも伝わります。陸軍水上部隊や沿岸警備隊の隊員と個人的に付き合っている噂も聞きませんでした。ただ、ポルト・マロンの港湾労働者達とはパトロールの時に立ち話していました。」
「ホセ・バルタサールとか?」
「スィ。鉱山会社が労働者に不当な労働を強いていないか、チェックしていました。でも、労働者達は”ティエラ”です。純血至上主義者が混じっている可能性は絶対にありません。」
「だろうな・・・」

 フレータはまた考えた。そしてケツァル少佐に視線を向けた。

「関係ないと思いますが、年に1回、ラバル少尉は休暇を取ってオルガ・グランデに5日か6日程度、泊まりで出かけていました。親族に会いに行っているのだと思っていましたが、休暇中の行動はプライバシーを尊重して訊かないことになっていましたから・・・」
「それは、貴女が太平洋警備室に着任する前からの習慣でしたか?」
「スィ。ガルソン大尉はサン・セレスト村に家族がいますし、親族はオルガ・グランデからサン・セレストへ行く途中の集落に住んでいました。現在は市街に引っ越された様ですけど。パエス中尉も家族は村に、親族はオルガ・グランデ郊外です。ですから、誰もラバル少尉がオルガ・グランデに出かけても気にしていませんでした。マスケゴ族もカイナ族もいますから。」

 ラバル少尉が親族に会わずに別の人間と会っていても、誰も知らない。
 フレータ少尉から聞けた話はそれだけだった。ケツァル少佐は、本部から事情聴取に来る人間がいたら、さっきと同じ様に正直に話しなさい、と彼女に忠告した。

「あなた方は、キロス中佐の健康問題に関して本部に嘘をつきました。でも貴女達自身の勤務は真面目に勤め上げました。しっかり太平洋岸を守って来ました。労働者も守って来ました。その点を本部は決して忘れないと私は信じています。処分を受けることは確実ですが、出来るだけ軽く済むよう、私も事件の真相が早く解明されることを願っています。」

 少佐は決して、「処分が軽く済むよう進言する」とは言わなかった。実現が不確実なことを約束しないのだ。
 フレータ少尉が火傷した腕を持ち上げて敬礼した。少佐も敬礼を返し、テオに外へ出ろと目で命じた。


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