突然ケツァル少佐が背もたれから上体を起こした。テオは彼女の視線の先を追って外来病棟の入り口を見た。2人の軍人が入って来るところだった。どちらも純血種の男性で、彼等を見た瞬間、ケツァル少佐は立ち上がり、いきなりアスルの手を掴んで近くの柱の陰に走った。テオは置き去りだ。
何なんだ?
テオは新たに登場した軍人を見た。一人はスラリと背が高く、短く刈り込んだ黒髪に少々白いものが混ざっていた。顔は少し四角い印象だが、イケメンの先住民だ。もう一人は連れに比べるとちょっとだけ背が低かったが、黒い艶のある髪を肩まで伸ばした若い男だ。2人の胸には緑色に輝く鳥の徽章が存在感を放っていた。テオは肩章を見て、歳上が少佐、若い方が大尉だと判別した。
2人の大統領警護隊の将校は受付を通さずに階段を上がって行った。2階の渡り廊下から入院病棟へ行くのだろうか。
テオは柱の陰に隠れている少佐と中尉に声を掛けた。
「彼等は行ってしまったぞ。」
ケツァル少佐とアスルがゆっくりと姿を現した。あー、焦った、と言う顔をして2人は長椅子に戻った。テオは推測を言葉に出してみた。
「本部の将校かい?」
「スィ。」
少佐が認めた。
「司令部の内部調査班です。大統領警護隊の憲兵の様な人達ですから、キロス中佐とフレータ少尉の事情聴取に来たのでしょう。」
「中佐はもう話せる状態なのかな?」
するとアスルが、テオが忘れている”ヴェルデ・シエロ”の常識を思い出させてくれた。
「俺達には”心話”がある。」
ああ、とテオは得心した。声を出す体力がなくても、目を見つめ合うだけで意思疎通が出来る便利な能力だ。”ヴェルデ・シエロ”なら誰でも出来るし、出来なければ”ヴェルデ・シエロ”ではない。
本部の人間が接触する前にキロス中佐から話を聞きたかったのだが。
「ひょっとして、彼等は既にサン・セレスト村へ行ってガルソン大尉とパエス中尉からも事情聴取しているのかも知れないな。」
「その可能性はあります。部下達の証言を先に取って、指揮官の証言との矛盾を探るのでしょう。」
大統領警護隊の事情聴取の遣り方は、階級が下の者から先と言うのが慣行だ。部下が上官の言葉に矛盾する証言が出来なくなるのを防ぐ。出来るだけ多くの部下の証言を先に取って、能力が大きく権威もある上級士官の矛盾を探すのだ。
事件が起きてまだ3日目の朝だ。テオは大統領警護隊の動きの速さに驚いた。セルバ人とは思えない、と言ったら失礼になるだろうけど。
アスルが上官に尋ねた。
「キロス中佐の見舞いはどうしますか?」
ケツァル少佐はテオを見た。この秘密の見舞いは、事件の真相調査が目的だが、半分はテオの過去に起きた事故の解明でもある。
「内調が去ったら、私は中佐に面会してみます。貴方はテオとここで待っていなさい。」
「俺も行く。」
とテオは言った。子供みたいだが、置き去りにされたくなかった。さっき少佐とアスルが柱の陰に隠れた時も置き去りにされた。テオは内部調査班に見られても構わないと少佐が判断したからだが、テオは内心ショックだったのだ。
少佐はアスルを見た。アスルが肩をすくめた。
「一人で見張りをしています。」
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