2022/02/02

第5部 山へ向かう街     9

  廊下に出ると、病院は朝の活動を始めつつあった。日勤スタッフが出勤して来て、夜勤スタッフと交替が始まる。入院患者に出す朝食の準備も始まった。
 テオは347号室の方を見た。重症患者の区画にも食事を運ぶワゴンを押してスタッフが入って行った。ケツァル少佐かアスルが”幻視”で姿を見えない様にしているのだが、テオは忙しく動き回るスタッフとぶつかりそうになり、ヒヤリとさせられた。
 アスルが囁いた。

「病院内が落ち着く迄、我々も何処かで休憩しませんか?」

 ”幻視”を長時間使うと疲れるのだ。ケツァル少佐はテオの意見を訊かずに同意した。
 3人は一旦入院病棟から出て、外来病棟へ移動した。こちらでは陸軍関係の仕事をしている人でも診療を受けられるので、患者が多い。既に10数人が待合室で座っていた。テオと少佐とアスルは長椅子に座って少し休んだ。この場所も賑やかだが、食事時の入院病棟程ではない。

「カルロは向こうで上手くやっていましたか?」

 少佐が不意にテオに尋ねた。元部下を心配して、と言うより、姉として弟の働きぶりが気になるのだろう。

「心配ないさ。」

とテオは言った。

「フレータ少尉と一緒に厨房で仲良く働いていたし、キロス中佐が何者かにかけられていた呪いのお祓いもやった。ラバル少尉を捕まえたのも、カルロがガルソン大尉と協力してやったんだ。ガルソン大尉はカルロを信用してくれた。尤も、カルロが派遣されたので、本部にキロス中佐の異常を隠しきれないと覚悟したのも事実だがね。」
「カルロは太平洋警備室派遣の任務を無事に果たせたと言って良いですかね。」

とアスルが少佐に確かめるように言った。彼にとってカルロ・ステファンは上官と言うより兄貴だ。ロホも兄貴同然だが、こっちはサッカーのライバルチーム同士だったから、階級が違ってもライバルだ。ロホはアスルにとって職務上は兄貴で私生活では親友、ステファンは職務上も私生活でも兄貴だ。兄貴が新しい資格を取って任務を果たせるとアスルは嬉しい。
 ケツァル少佐はフンとアスルの十八番を奪って鼻先で笑った。

「まだ派遣されて1週間です。任務は終わっていないでしょう。太平洋警備室の異変を探るだけが任務ではありません。後片付けも必要です。」

 次の指揮官が来る迄太平洋警備室を管理監督する人間が必要だ。本来ならキロス中佐の副官であるガルソン大尉がその役目を果たすのだ。しかしガルソン大尉は本部を3年間欺いた罪で副官の任を解かれたと考えて良いだろう。パエス中尉もガルソン大尉と同罪だから、太平洋警備室を預かる任務を与えられる隊員は、ステファン大尉しかいない。本部から新しい指揮官と副官、隊員が派遣される迄、彼はサン・セレスト村とポルト・マロンを守らなければならない。
 テオは、ガルソン大尉の誠実な性格を思い出した。

「異動させられる迄ガルソン大尉とパエス中尉がカルロを支えてくれると思う。土地の勝手を知る人間が必要だし、新しい人員が直ぐに選ばれる訳でもないだろ? 文化保護担当部だって、カルロが抜けてからアンドレが来る迄半年以上あったじゃないか。」

 するとアスルが言った。

「遊撃班から数人派遣される筈だ。その為の部署だからな。本部はまた若い連中をスカウトして警備班に入れるし、警備班から優秀なヤツを遊撃班に転属させる。」

 テオはガルソン大尉とパエス中尉の行く末が心配になった。
 

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