2022/02/05

第5部 山へ向かう街     11

  グラダ・シティを出てルート43を西に向かって走ると、ロホはピアニストの知人は元気だろうかと考えた。アメリカ先住民と”ヴェルデ・シエロ”とのミックスのロレンシオ・サイスは人気ジャズピアニストの地位を捨てて、一族の人間として生きる道を選んだ。今はアスクラカンで裕福な家庭の子供達にピアノを教える家庭教師と週に1回現地にあるキリスト教系の学校で音楽教室を受け持っていると言う話だ。地方都市の人々は彼が半年程前迄有名な演奏家だったことを知らない。偶に彼がアメリカで演奏活動をしていた時代に出したC Dを店で見つけて、「おや?」と思う程度だ。
 ギャラガはロホのビートルの助手席で風景を眺めていた。バスで同じルートを通ったことがあったが、乗用車で通るとまた違った風景に見えた。
 昼前にサスコシ族の族長シプリアーノ・アラゴの地所に到着した。Uの字の形に小さな家が並び、小さな集落を形取っているが、全部同じ家族の家だ。男は成年式を迎えると家を1軒与えられる。結婚すれば夫婦でそこに住む。独身の女性は親の家に住んでいる。狭いので早く結婚して家を出たがる女性がいるし、都会に就職して出て行く人もいた。
 ロレンシオ・サイスはアラゴの地所の中の家を一軒借りて住んでいた。ピアノ教室の仕事がない日はアラゴから超能力の使い方を教わっている。己が”ヴェルデ・シエロ”であることを知らずに育ち、親からも教わる機会がなかったので、大人になってから修行を始めた。
 ロホとギャラガは最初に族長を挨拶の為に訪問した。ロホは丁寧な挨拶の口上を伝え、それから今回の訪問の目的を説明した。

「今日の訪問は大統領警護隊としては非公式で、文化保護担当部単独の捜査のためのものです。ですから、セニョール・アラゴにはお断りされることも出来ます。我々は3年前にエル・ティティで起きたバス事故の調査をしています。死亡した乗客が最後に訪れた場所がアスクラカンであったと聞きましたので、こちらに参りました。その人物の足跡を追うだけの捜査ですから、サスコシ族の方々にご迷惑をおかけすることはないと思います。我々が街中を歩き回ることをご了承下さい。」

 アラゴはロホの後ろに控えている白人に見える男を眺めた。アンドレ・ギャラガは気を抑制していたが、サスコシ族の族長は彼が白人ではなく白人の血を引くメスティーソの”ヴェルデ・シエロ”だと判じた。

「仕事であろうとなかろうと君達がアスクラカンの街を歩き回るのは自由だ。だが、我が部族には君が知っている通り、厄介な思想を持つ家系がいる。連中が君達の行動に不快を覚え、妨害することも考えられる。それを防ぐ為に君達がこの街に来ていることを一族に知らせても構わないか? それとも、情報の拡散は捜査に支障が出ると思うか?」

 ロホは後ろのギャラガを振り返った。いっその事ギャラガに白人のふりをしろと言いたい気持ちになったが、それでは部下に失礼だと思い直した。彼はアラゴに向き直った。

「部下の安全の為にも情報拡散をお願いします。我々が探しているのは、オルガ・グランデからここへ来て、バスに乗ってオルガ・グランデに帰ろうとした帰路に事故に遭って死んだ男の足跡です。」

 ロホは事故の日付を告げた。アラゴはちょっと考え込んだ。3年前にアスクラカンで何か変わったことがなかったか、思い出しているのだ。
 ギャラガはアラゴの自宅の入り口に立っていたのだが、戸口の向こうに見えている家の内装が現代的なので意外に思っていた。敷地内の小さな家が形作る集落は古い先住民の居住地に似ている。しかし建っている家は外装は古く見えて中は都会の家と変わらない。面白いなぁと彼は思った。

「バス事故があった日は何もなかった。」

とアラゴは言った。

「だがその前の日に部族の者が他所から来た人間と問題を起こした。個人的な問題だったから当人に訊かなければ内容はわからぬ。」

 そして彼は憂い顔で付け加えた。

「問題を起こした男の名は、ディンゴ・パジェ、君達が知っているロレンシオ・サイスの父方の家系の男だ。」

 ロホは族長の憂い顔の理由を理解した。パジェの家はオルトの家と同じ系列だ。つまり、純血至上主義者の一家だった。


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