2022/02/12

第5部 山の街     4

 就寝したのが何時だったのか、テオは覚えていない。2人並んで天井を見上げながら、ラバル少尉とディンゴ・パジェの今後を考えたりしているうちに眠くなって寝てしまった。目が覚めた時はもう日が昇りかけていて、台所でケツァル少佐が豆を煮込む匂いが漂っていた。家の外に出て共同井戸で顔を洗っていると、アスルがやって来た。朝食の支度だ。

「自宅に帰った巡査の分は必要ないぞ。」

と言うと、アスルはわかっていると言いたげにチラリと見返しただけだった。
 朝食は大統領警護隊とゴンザレス家の2人で台所と居間の好きな場所で取った。ギャラガが気を利かせて夜勤の巡査へパンとコーヒーの差し入れを持って行った。

「さて、今日の予定ですが・・・」

 ロホが少佐にお伺いを立てるかの様に上官を見た。

「土曜日の軍事訓練は終了です。」

と少佐が宣言した。

「ロホとアンドレはアスクラカンで得た情報を本部の内部調査班に報告しなさい。向こうが越権行為だと言えば、私の命令でしたことだと言いなさい。事実ですから。」

 テオはロホがちょっと悲しそうな顔をしたことに気がついた。密かに恋路を楽しんでいた軍人と民間人の細やかな幸福が突然の上官の出現で壊されてしまったことへの、同情だろうか。 ギャラガの方は平然としていた。もしかするとサスコシ族の男に何か気に障ることを言われたので、同情する気にならないのかも知れない。
 ロホは上官の言葉に短く「承知」と答えた。そして少佐に、貴女は? と尋ねた。

「私はオルガ・グランデに戻ってもう一度キロス中佐に会って見ようと思います。」

 彼女が振り返ったので、テオは「俺も行く」と言った。彼女が頷いた。アスルが尋ねた。

「私はどうしましょうか?」
「貴方はサン・セレスト村へ行って、カルロにこれ迄にわかったことを伝えて下さい。彼は遊撃班から撤収命令が出る迄あの村から動けません。恐らく何が起きていたのか、内部調査班は遊撃班に教えないでしょうから、きっと彼はヤキモキして過ごしていることでしょう。」
「ガルソン大尉とパエス中尉に情報を与える必要はありませんね?」
「必然性はありません。彼等が庇ってきた上官が、極めて個人的感情でラバル少尉との間に問題を起こし、その結果自分が傷ついてしまったことを知れば、彼等はどうするでしょうか。」
「なんだか惨めです。」

とアスルが呟いた。

「彼等は自分達のキャリアに傷が付くことも辞さない覚悟で上官を庇って来たのに。」
「3年前バスの中で何が起きたのか、真相が解明される迄、太平洋警備室の2人には情報を与えない方が良いでしょう。司令部が真相解明前に彼等を更迭してしまう可能性もありますが、恐らく彼等にキロス中佐が明かす真相を本部が教えると思えません。」
「では、ステファン大尉に情報を伝えたら、グラダ・シティに帰還します。」

 少佐が立ち上がったので、男達も立ち上がった。敬礼を交わし、ロホとギャラガは外へ出て行った。ロホのビートルに彼等が乗り込む音が聞こえた。
 アスルが素早く動いて食事の後片付けを始めた。オルガ・グランデまで、昨夜使用したレンタカーで3人一緒に戻るのだ。テオは署へ行って、巡査達に挨拶した。

「いきなり押しかけて、すまなかった。」
「構わないよ、大統領警護隊と同じ屋根の下で仕事をしたなんて、末代までの自慢になる。」

 大袈裟だな、とテオは笑った。

「だけど、良い人達だったな。」

と別の巡査が言った。

「みんな親切だった。もっと怖い連中かと思っていたけど。」
「うん、テオが語っていた通りの気の良い人達だ。」
「大統領警護隊はセルバ国民を守っているんだ。悪いことさえしなければ、国民には優しいんだよ。」

とテオは言った。
 家に帰ると、ゴンザレスが居間の椅子に座って、困惑していた。大統領警護隊が台所で皿や鍋を洗ったり、寝室に掃除機をかけているのだ。田舎の警察署長はとても困っていた。ケツァル少佐がモップ掛けも必要ですかと訊いた時、彼は結構と即答した。

「それは倅の仕事だ。客にしてもらうことじゃない。」

 少佐が真面目に反論した。

「我々は客ではなく、業務でここを使用しました。撤収に際して掃除をするのは当たり前です。」
「しかし・・・」
「親父!」

 テオは声をかけた。

「この人達はいつもしていることをしているだけだ。口出しするなよ。」

 すると後ろでアスルが言わなくとも良いことを呟いた。

「そのうち少佐の家になる可能性もあるしな・・・」



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