余計なことを言った罰として、アスルはオルガ・グランデまでの運転を任された。テオはゴンザレスとハグし合って別れを告げ、再び西に向かった。途中で事故現場を通過した。昨夜は暗くなりかけていたので、気づかずに通り過ぎてしまったことを、彼はちょっぴり恥ずかしく思った。車内で犠牲者達に祈りを捧げた。こんな時だけクリスチャンになるのもどうかとは思うが、祈ることしか彼等にしてやれない。一人だけ生き残ったことに罪悪感を抱いた時期もあったのだ。身元が判明してアメリカに連れ戻された時だ。記憶を失う前の己がどれだけ我儘で身勝手で他者への思いやりの欠片もない人間だったと知った時だ。何故一人だけ死ななかったのかと苦しんだこともあった。だが、今は違う。事故の真相を明らかにする為に生き残ったのだ。彼はそう信じていた。
軍隊流と言うか、”ヴェルデ・シエロ”流と言うべきか、アスルは山間部の細い道路をぶっ飛ばして昼前にオルガ・グランデに到着した。陸軍病院の近くでテオとケツァル少佐は車を降りた。2人を降ろすと、アスルはそのままサン・セレスト村に向かって走り去った。昼食はどうするのだろうとテオはちょっと心配した。市街地を出ると飲食店はほとんど見当たらないのだ。
ケツァル少佐はそんな心配を全然していなくて、昨日昼食を取った店に入って、再びお昼ご飯を食べた。内部調査班はもうキロス中佐から事情聴取をしただろうか。ラバル少尉の同性の恋人を見て逆上した中佐の、個人的な動機で始まった事件を、彼等はどう処理するのだろうか。
「正直なところ、ちょっと失望している。」
とテオは言った。少佐が黙って彼を見た。
「不謹慎な考えだが、バス事故の原因が一人の女性の嫉妬心だったと言う話に収まりそうだから。国家的な陰謀があって、それを阻止する為に中佐が起こした事故だったなら、犠牲者も少しは浮かばれるんじゃないかと思ってしまったんだ。」
「確かに中佐は嫉妬心からラバル少尉と口論になり、彼の恋人から気の爆裂を浴びせられました。そして正常な判断を下せない状態で、鉱山労働者の血液を外国に売却した医師を追いかけました。バスの中で何が起きたのかはわかりませんが、少なくとも痴話喧嘩ではなかった筈です。」
テオは何気なく店の厨房の方を見た。コックが羊の肉を焼く匂いが漂っていた。
「もしかすると、中佐はバルセル医師に労働者の名簿を渡せと迫って拒まれたんじゃないかな。医者にすれば突然バスに乗り込んで来た軍人の女に大事な商売道具を渡したくなかったろうさ。或いは、名簿なんて持っていなかったかも知れない。医者が名簿を持ってアスクラカンに行ったと言うのは、アンゲルス社長から中佐が引き出した情報だろ? バルセルは名簿を自宅に置いて出かけたのかも知れないじゃないか。兎に角、中佐は名簿を手に入れることが出来なかった。」
カウンター越しに、コンロの炎が一瞬高く上がるのが見えた。羊の脂が滴り落ちたのだ。
「キロス中佐は朦朧とした頭で思ったんじゃないか? 名簿を渡してもらえないのなら、ここで焼き払ってしまおう、と。」
少佐が彼の想像に驚いて口を開けた。そして小さく頷いた。
「彼女は焼いてしまったのですね、名簿ではなく、バルセルと乗客達を・・・」
「そして運転士までも・・・”ヴェルデ・シエロ”が含まれているかも知れない名簿を外国に渡すぐらいなら、バスの乗員乗客を皆殺しにしてでも阻止しようと彼女は思ったに違いない。」
「そして一族の力が及ばない貴方だけが燃えなかった・・・」
「おかしな話だが、それしか思いつかない。」
いきなり少佐が皿の上の食べ物を口に忙しく運び出した。さっさと食べて、さっさとキロス中佐に会おうと言うことだ。テオも慌ててフォークを持ち直した。
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