エル・ティティ警察の署長アントニオ・ゴンザレスは署に集結した”ヴェルデ・シエロ”達にコーヒーを出すと、当惑した面持ちで養子のテオドール・アルスト・ゴンザレスを見た。4人の若い巡査達も心なしか部屋の隅に集まって大統領警護隊を眺めている様な雰囲気だ。尤も彼等は実際のところ彼等の机の前に座っていただけだ。彼等の気分が萎縮しているのだ。テオは警察官達に申し訳ない気持ちだった。しかしケツァル少佐以下、ロホ、アスル、そしてギャラガは、警察官達の気分を推し測ることもなく、3年前のバス事故の調査資料と引き取り手がない犠牲者の遺品やバスの残骸を署の資料室で調べていた。長閑な田舎町で発生した大事故だったので、当時の資料は多かった。エル・ティティ警察は事故原因の調査や、犠牲者の身元確認の為によく働いたのだ。テオの身元調査の記録もあった。
「デジタル化していればグラダ・シティでも閲覧出来たのにな。」
とテオが言うと、ギャラガが小さな声でいった。
「本部もこんな様なものです。」
書類仕事が苦手なアスルは、時計を見た。彼等は午後になってから、オルガ・グランデとアスクラカンをそれぞれ発ち、エル・ティティで合流したのだ。そろそろ夕食を作る頃だ、とアスルは思った。それでテオに声を掛けた。
「ここの連中は晩飯をどうするんだ?」
「夜勤当番以外は自宅に帰って食べるんだ。」
アスルは少佐をチラリと見た。ケツァル少佐は部下の心の動きを敏感に察した。彼女は資料を捲りながら言った。
「きちんと署長の許可を得てからになさい。」
アスルは敬礼すると、資料室を出た。テオは急いで彼を追った。
ゴンザレスの机の前に立ったアスルは署長に敬礼してから用件を述べた。
「貴官の家の厨房をお借りしたい。」
ゴンザレスが巡査から提出された報告書から顔を上げた。大統領警護隊の中尉の言葉の意味がすぐに理解出来なかったのだ。するとテオが後ろから「通訳」した。
「彼が家の台所を使って晩飯を作りたいと言ってるんだ。」
「・・・中尉が?」
と言ったのは、一番古参の巡査だ。ちょっと驚いていた。大統領警護隊と言えばセルバ共和国の軍隊の中で最もエリートだ。それが料理をしたいと言っている。テオが説明した。
「彼は料理が得意なんだ。俺のグラダ・シティの家に下宿しているんだ。家賃を安くする代わりに、手が空いている時に食事の支度をしてくれるんだが、凄く腕が良い料理人だ。」
すると独身の巡査達の目が輝いた。テオは署長を見た。ゴンザレスが当惑して言った。
「家の台所は大人数の料理を作れる様な設備じゃないぞ。」
「心配無用。」
とアスルが言った。
「野営で慣れている。」
流石に軍人だ、と巡査達が囁き合った。テオはゴンザレスに期待感を込めて視線を送った。ゴンザレスが頷いた。
「メルカドが閉まる前に買い物をしなきゃいかんぞ。それに誰が食材の金を払うんだ?」
資料室の戸口にケツァル少佐が姿を現した。彼女がアスルに財布を投げ渡したので、ゴンザレスもテオに紙幣を数枚差し出した。
「うちの若いもんの分だ。お前も一緒に買い物に行って来い。」
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