”入り口”がありそうな場所を探しながら、前日の早朝に出て来た場所に向かって歩いていると、ケツァル少佐がふと足を止めた。”入り口”を見つけたかと思って、テオも足を止めた。
「見つけたかい?」
「スィ。でも別の物です。」
少佐が民家の屋根の向こうに見えている塔を指差した。
「教会です。サン・マルコ教会ですよ、床下に遺跡がある・・・」
「ああ、あそこか。」
アンゲルス鉱石が坑道拡張工事をしていてぶち当たった遺跡がある場所だ。文化保護担当部の指揮官であるケツァル少佐の好奇心が疼いた様だ。テオはそれを敏感に感じ取り、提案してみた。
「時間がありそうだから、ちょっと覗いてみようか?」
2人は大きく迂回する曲がった道路を歩いて行き、大して大きくもない教会に15分後には行き着いた。オルガ・グランデにはもっと大きな大聖堂があり、そこは観光客も訪れることがあるのだが、サン・マルコ教会は無名に近く、観光マップにも載っていなかった。教会の前は大概広場だったり、道路の幅が広く取ってあるものだ。サン・マルコ教会の前も道路が広くなっていた。しかし屋台などは出ておらず、土産物屋もなかった。靴屋や革製品の加工所が数軒看板を出していたが、日曜日なので閉まっていた。
教会の扉は少し開いていたので、簡単に中に入れた。木製の長椅子が正面の祭壇に向かって並び、中央の通路の中ほどに男性が一人立っていた。カーキ色のジャンパーの下にTシャツを着込み、腰から下はデニムパンツにスニーカーを履いた中年の男性で、床石を剥がして口を開けている穴を覗き込んでいたが、テオ達が入ると振り返った。
テオは声を掛けた。
「ブエノス・タルデス!」
「ブエノス・タルデス。」
男も挨拶を返した。彼の足元に小さな看板が立てかけてあった。
地下遺跡調査中
それを見て、ケツァル少佐が緑の鳥の徽章を出して彼に見せた。
「大統領警護隊文化保護担当部のミゲール少佐です。新しく発見された遺跡を見に来ました。」
すると男性がポケットに入れていたストラップ付きのI Dカードを出した。
「オルガ・グランデ市役所の文化財保護課のミラネスです。以後お見知り置きを。」
それでテオも名乗った。
「グラダ大学生物学部で准教授をしているアルストです。ミゲール少佐に誘われて遺跡を見に来ました。もしミイラの遺伝子を調べたければ、私の研究室にご依頼下さい。」
ミラネスが微笑した。
「恐らくここにいるミイラは全員オルガ族の神官だと思います。もし不審なミイラがあれば検査をお願いします。」
少佐とテオは穴のそばへ近づいた。階段が地下へ降りていた。小さな裸電球がラインに繋がれて3つばかり、階段の周辺を照らしていた。穴の深さは 10メートルはあるだろうか。遺体を置く岩棚は穴から見えなかった。
「不審なミイラと言えば・・・」
とミラネスが言った。
「ここが発見された時に、墓泥棒のミイラがありました。」
「知っています。私の研究室で荷解きしました。」
おや、とミラネスがテオを見て笑った。
「それじゃ、教授が仰っていた遺伝子学者と言うのは、貴方でしたか。」
教授? とテオが聞き返すと、ミラネスが穴の底に向かって怒鳴った。
「グラダ・シティからお友達が来られていますよ、教授!」
ケツァル少佐が両手を頭の上に置いた。まさか恩師が来ているとは・・・。そんな顔だった。
返事がなかったが、穴の底に人間の頭が見えた。ライト付きのヘルメットを被った男性で、上をチラリと見上げて、階段を登って来た。
フィデル・ケサダ教授だった。普通の人間の様にヘッドライトを装着してヘルメットを被り、動き易い様に繋ぎの服を着ていた。彼は客を見て、ブエノス・タルデスと挨拶した。そしてミラネスを振り返った。
「見学は終わった。後片付けをしておくから、君は帰ってもよろしい。日曜日に駆り出してすまなかった。」
ミラネスは微笑して、教授に挨拶し、テオと少佐にも笑顔で別れを告げると教会から出て行った。
ケサダ教授は穴の下の照明の電源を切り、床石を元に戻した。テオも手伝いながら尋ねた。
「”シエロ”のミイラは混ざっていなかったのですね?」
ケサダ教授が彼を見て、微笑した。
「幸いにね。」
床石がきちんと穴を塞ぐと、教授は「地下遺跡調査中」の看板を抱えて教会の奥へ運んで行った。
少佐が床石を眺めた。他の箇所の石と変わらない。目印らしきものが付いていないので、祭壇からの石の数で入り口を探さなければならないのだろう。この入り口を見つけたのは、市役所の文化財保護課のお手柄だ。
繋ぎを脱いで手と顔を洗ったケサダ教授が戻って来たのは10分以上後だった。
0 件のコメント:
コメントを投稿