2022/02/13

第5部 山の街     7

  ブリサ・フレータ少尉の病室には女性が一人見舞いに来ていた。少尉とよく似た顔で、姉妹だとわかった。少尉が彼女を姉だと紹介し、ケツァル少佐とドクトル・アルストだと彼女に紹介してくれた。妹の上官だと知った女性は、気を利かせてロビーの売店に行ってくると言って部屋を出て行った。
 フレータ少尉はまだ頬にガーゼを貼っていたが、前日より血色が良くなり、ベッドの上に起き上がっていた。”ヴェルデ・シエロ”らしく回復が早いのだ。

「気分はいかがですか?」

と少佐が尋ねると、「ビエン(良いです)」と答えた。そして訊かれる前に言った。

「昨晩、内部調査班が来ました。」
「どんなことを訊かれましたか?」
「最初に私の体調を気遣ってくれて、それから爆発事故当時のことを訊かれました。最後はキロス中佐とラバル少尉の仲はどうだったかと・・・私には昨日貴女にお話したこと以外に話すことはありませんでした。」

 テオが尋ねた。

「君は太平洋警備室に配属されてから、ずっと厨房で勤務していたのだろう? 食事はいつも中佐とラバル少尉と3人一緒だったよね?」
「スィ。」
「2人の食事の時の様子に変化はなかったかい? 3年前に突然中佐の様子が変わってしまう前と後で・・・」

 フレータ少尉が考えこんだ。

「あの2人は普段、あまり会話をしなくて・・・どちらも私には世間話などで話しかけてくれましたが、中佐とラバル少尉が話をする時はいつも仕事で生じた問題ばかりでした。3年前の中佐の突然の異変から後は、中佐が殆ど口を利かなくなり、目もどこを見ているのかぼんやりした状態で、ラバル少尉も私も見えていない感じでした。」
「3年間ずっと?」
「スィ。あ、でも・・・女の私には時々話しかけてくれました。料理の出来具合の感想や、厨房の設備の具合や、村の出来事とか・・・昔通りでした。」
「他の部下達には?」
「ガルソン大尉には、副官ですから、時々指示を出されました。本当に時々です。まるで思い出したかのように。後はずっと沈黙して座っているだけでした。」
「食事の時のラバル少尉には?」
「殆ど無視でした。少尉も中佐が危ないことをしないように見張るだけで・・・。」
「危ないこと?」
「熱湯が入った薬缶を触ったり、包丁の置き場に近づかないように・・・」
「ああ、そう言うこと。」

 ラバル少尉は恋人が中佐に致命傷を与えてしまったと思い込み、一足先に勤務場所に戻った。しかし中佐は生きていて、脳に受けたダメージで朦朧とした状態のまま帰ってきた。少尉は恋人と連絡を取って、中佐を監視していたのだろう。指導師の祓いを受けていない中佐が正気に帰る可能性は低いと踏んで。そして幸いなことに副官のガルソン大尉が中佐の異常を本部に隠してしまった。少尉は適当な時期を見計らって大統領警護隊を去り、恋人とどこかへ行くつもりだったのではないか。しかし、本部は3年も経ってから太平洋警備室の異常を察知して、指導師のカルロ・ステファン大尉を送り込んで来た。そこからラバル少尉の計画は崩れたに違いない。
 
「内部調査班は貴女の処遇について何か言いませんでしたか?」

 ケツァル少佐がフレータ少尉の将来を気遣って尋ねた。フレータ少尉が寂しそうに笑った。

「退役年齢まで少尉のまま、サン・セレスト村の厨房で勤務するか、国境警備隊の厨房で勤務するか選ぶように言われました。もしくは、退役して故郷に帰るか・・・」

 ケツァル少佐はちょっと考えた。そして言った。

「私は貴女にどれを選べとは言えません。ただ、国境警備隊の厨房係は、捕らえた密入国者の食事の世話もしなければならないので忙しいですよ。隊員も大統領警護隊だけではなく、陸軍国境警備班の合同編成ですから、太平洋警備室に比べると大所帯です。」

 するとテオには意外に思えたが、フレータ少尉の目が明るく輝いた。

「国境警備隊に行かせてもらえるのでしたら、そちらが良いです。」

 閉塞的な太平洋警備室よりマシだと思えるのだろう。ケツァル少佐が微笑んだ。

「次に本部の人が来たら、そう告げなさい。昇級は望めないかも知れませんが、新しい出会いがあるかも知れません。」
「グラシャス、少佐!」

 別れを告げて部屋を出ようとして、テオはふと思いついた質問をしてみた。

「少尉、君はカイナ族だったね。カイナ族にカノと言う家族はいるかい?」
「カノですか?」

 フレータ少尉はちょっと首を傾げ、数秒後に何か思い出して首を振った。

「古い家系ですね。もう離散して、いませんが。」
「離散した?」
「スィ。植民地時代に白人の血がかなり入ってしまった家系で、セルバ共和国が独立した時にカイナ族の他の家系から仲間外れの様な仕打ちを受けたために、オルガ・グランデから離れて東へ移って行ったと聞いています。」
「それじゃ、カノ家には早くから白人の血が流れていたんだね?」
「そう聞いています。」
「グラダ・シティにカノ家の子孫がいてもおかしくない?」
「寧ろ、そちらの方が生き易いのではないでしょうか。白人の血が入ると気の制御が難しくなります。”ティエラ”になって生きていく方が幸せな人生を送れると思いますよ。」

  フレータに別れを告げて、テオとケツァル少佐は病室を出た。階段を下りながら少佐が囁いた。

「アンドレの白人の血はかなり昔からのものの様ですね。」
「うん。彼の父親が本当に白人だったのか、ちょっと怪しくなってきたな。」




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