2022/02/09

第5部 山へ向かう街     18

  ケツァル少佐は、キロス少佐から読み取った記憶を自分の頭の中で整理した。

「中佐の思考は時々混乱しています。恐らくディンゴ・パジェ又はラバル少尉から喰らった爆裂で脳にダメージを受けたのでしょう。
 彼女はディンゴに提案しました。ラバル少尉との仲を黙っていてやるから、少し前に出発したオルガ・グランデ行きのバスを追いかけて欲しい、と。」

 パジェ家は伝統を重んじる純血至上主義の家族だ。同性愛は勿論許されない。ディンゴ・パジェは父親に黙っていてくれるならと言う条件で、彼女を自分の車に乗せた。

「中佐とディンゴは車でバスを追いかけました。中佐の目的はバルセル医師が持っていたと言うエンジェル鉱石の従業員名簿でした。ディンゴがその目的を中佐から知らされたのかどうかは不明です。中佐の記憶はディンゴの車に乗ってから酷く曖昧になり、時間の統一性もありません。」

 ケツァル少佐は目を閉じた。指で己の額を抑えたので、テオは彼女の顔を覗き込んだ。

「頭痛がするのか?」
「少し・・・」

 少佐が辛そうなので、アスルがテオを見て言った。

「キロス中佐の記憶がメチャクチャになったので、読み取った少佐に影響が出ている。」

 テオは彼女に声をかけた。

「もう止せ、少佐。大体何が起きたのかわかったから・・・君が無理をして思い出さなければならないことじゃない。」

 アスルも彼に同意した。

「少佐、もう結構です。アスクラカンで起きたことはわかりました。バス事故の原因もなんとなく推測されます。」

 少佐が横目で部下を見た。

「事故原因が推測出来るのですか?」
「スィ。キロス中佐は気の爆裂で脳に損傷を受けたのでしょう。ルート43はアスクラカンを出ると舗装が終わります。ガタガタ道を車でバスを追いかけたら、振動で頭部の傷に悪い影響を与えます。中佐はバスを止めたいと思った筈です。朦朧とした頭で、バスを止めようとしたら・・・」

 テオはアスルの推測に背筋が寒くなった。

「意識が朦朧となったキロス中佐がバスを落としたのか?」
「飽く迄俺の推測だ、ドクトル。」

 アスルはテオを真っ直ぐ見た。

「事故の後でキロス中佐は正気に帰ったんじゃないか? そして自分がやらかした大惨事を目の当たりにして、あの人は自分の内に篭ってしまった・・・。」

 ケツァル少佐が頷いた。

「中佐の心は後悔と悲しみでいっぱいでした。彼女は現実に戻るのが恐ろしかったのです。年下の部下に片恋をして、部下の恋人と喧嘩をした挙句、気の爆裂で傷ついてしまいました。そして正気を失っている間に守護者として許されない大失態をやらかした。そして太平洋警備室に戻ると、そこにラバル少尉がいました。彼女は自分の心を殺すしかなかったのです。呪いが残る体で精神的に大きな負担を抱え、彼女の症状はどんどん悪化していったのです。」


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