しかし、ケツァル少佐がキロス中佐から得た情報はそれだけではなかった。まだ続きがあった。
「中佐は気絶し、目覚めた時は誰も近くにいませんでした。ラバル少尉と相手の男は逃げた後でした。」
「倒れた上官を放置して逃亡とは、とんでもないヤツだ。」
アスルがぷんぷん怒って見せた。
「しかし、そのラバルはそれから3年間、キロス中佐のそばで勤務していたのですね? どんな神経をしているのか・・・」
「ラバルの心理は中佐の”心話”では計れません。中佐を見張っていたのでしょう。それより、まだアスクラカンでの出来事には続きがあります。」
ケツァル少佐はテオを見た。テオはドキリとした。バス事故に話が移るのか?
「中佐は倒れた現場から近いサスコシ族の地所に救援を求めました。頭部にも体にも爆裂の影響が出ており、まともに歩けない状態でした。彼女が訪ねた家族はパジェと言いました。」
「パジェ?」
テオはその名に聞き覚えがあった。
「もしかして、ロレンシオ・サイスの父親の親族か?」
「恐らく。サイスとの関係は中佐の記憶の中にはありません。それに当時サイスはまだ普通のピアニストとして活躍している時期でした。彼の腹違いの姉も彼のそばに近づいていなかったでしょう。」
少佐は憂を顔に出した。
「ラバルの恋人は、パジェ家の息子だったのです。」
「中佐は知らずに敵の家に入ってしまった・・・?」
「スィ。ただ、パジェ家の家長は分別がありました。怪我をした大統領警護隊の中佐を手当して保護しました。中佐は流石にパジェ家の家長に何が起きたのか語ることを躊躇い、沈黙した様です。恥じらいと、爆裂による呪いから来る苦痛が、彼女が真実を語ることを妨げたのです。そしてパジェ家では指導師の能力を持つ人がいませんでした。パジェ家の家長はサスコシ族の長老を呼ぼうとしましたが、キロス中佐自身がそれを断りました。」
「プライドと恥じらいと・・・」
とテオは呟いた。大統領警護隊の中佐ともあろう者が、痴話喧嘩の果てに恋敵から気の爆裂を喰らって負傷したなど、とても長老に言えたものでなかったろう。
「キロス中佐は恋敵が恩人の息子だと知りました。サスコシの伝統的な屋敷を見たことがありますか、テオ?」
「ノ。」
「小さな家が敷地内に円形もしくはUの字の形に並んでいます。それぞれの家に夫婦とその未成年の子が夫婦を一つの単位として住んでいます。家長夫婦が中心で、息子や娘が成年式を迎えると家を1軒もらうのです。中佐は家長の家に保護されましたが、窓から庭を見て、恋敵がいるのを見てしまいました。彼女は体が回復していないのに、パジェに別れを告げてそこを出ました。」
「どの道、指導師がいなければ治りませんよ。」
とアスルがぶっきらぼうに言った。彼は感情に流されて恋敵を怒らせたキロス中佐に同情する気分でなくなったようだ。ケツァル少佐は部下の不機嫌を無視した。
「キロス中佐は、バルセル医師を探す本来の目的を思い出しました。傷ついた体でアスクラカンの街を彷徨い、医師がグラダ・シティから来たオルガ・グランデ行きのバスに乗り込むのを見ました。そこへ、恋敵が彼女を追って来ました。」
ケツァル少佐は少し休んだ。喉が渇いた様だが、近くに飲み物を売っている店はなさそうだ。アスルが井戸を探しましょうか、と言ったが、少佐は断った。
「ここは不衛生ですよ。ジャングルの中の湧水の方がまだマシです。」
と都会育ちの少佐は言った。そして話を続けた。
「ラバル少尉の恋人は、ディンゴ・パジェと言う名でした。彼は父親から中佐を探すよう言いつけられ、仕方なく彼女を追いかけて来たのです。彼は中佐を傷つけたことを詫び、父親の家に戻ってくれるよう頼みました。」
「案外いい奴だったんだ・・・」
「中佐はバルセル医師を追いかけたかった。だから、ディンゴにある提案をしました。」
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