2022/02/09

第5部 山へ向かう街     16

  ケツァル少佐は言葉を選んでいる様子だった。ストレートに言うべきか、遠回しに言うべきかと悩んで、やがてアスルを見て、テオを見た。

「ルカ・ラバル少尉はアスクラカンで恋人と会っていました。」

 テオもアスルも無言で少佐を見ていた。少佐は noviaではなくnovioと言ったのだ。ラバル少尉に片思いしていたキロス中佐が少尉が誰かと逢引している現場を目撃したとしても、彼等に何も言うことはない。
 少佐が続けた。

「キロス中佐が見たのは、ホテルから出てくるラバル少尉と若い男性でした。ラバル少尉の恋人は男性だったのです。」

 それは中佐に気の毒だと言うしかない、とテオは思った。ラバルが女性を愛せなくても男性を選んでも、それは彼の自由で権利だ。中佐が失恋したのは気の毒だし、ショックだったろうが、他人にラバル少尉を責める権利はない。
 しかしアスルは違った反応をした。

「我が国の軍隊では同性愛はまだ禁止されている。」

と彼はテオに聞かせるように呟いた。

「本部に知られたらラバルは除隊処分になる。」

 ケツァル少佐が頷いた。

「ですから、キロス中佐は彼等が人目のない場所まで歩くのを尾行し、そして2人の前に姿を現しました。ラバルに上官として規則違反を責めたのです。」

 ラバルが上官に何を言ったのか少佐は言わずに、相手の男性の方に話を向けた。

「ラバルの恋人はサスコシ族の男性でした。彼はラバルの隊律違反を責めるキロス中佐に向かって言いました。『異人種の血を入れて一族の血を汚すより、自分達がしていることの方が清い行為だ』と。」
「ええっと・・・それは・・・」

 テオは考えた。

「そのサスコシの男は純血至上主義者だったのかな?」

 ケツァル少佐は肩をすくめた。

「それはどうでしょう。自分達の立場を正当化する為に言っただけかも知れません。でも彼はキロス中佐にとって恋敵です。中佐と少尉とその男はそこで口論になりました。」
「痴話喧嘩ですか・・・」

 アスルが呆れたと言いたげに目を眼下の風景に向けた。少佐が溜め息をついた。

「大人気ないことです。キロス中佐は、ラバル少尉の恋人が女性だったら、あんなに取り乱すことはなかったかも知れません。でも彼が愛したのは男性でした。ずっと彼への恋を抑圧してきた中佐の心のタガが外れたのです。彼女はラバルに向かって叫びました。彼と別れなければ本部に通報すると。」

 あちゃーっとテオとアスルは心の中で声を上げた。それは部下に取って最後通告の様なものだ。20年以上少尉の地位に甘んじてきて、後輩が出世していくのを黙って見るしかなかったラバルに、不名誉除隊は地獄だろう。

「どちらが発したのか分かりませんが・・・」

とケツァル少佐は言った。

「キロス中佐の心は、『やったのは相手の男だ』と訴えていました。」

 テオがその意味を理解する前に、アスルの方が先に悟った。

「ラバルかサスコシの男か、どちらかがキロス中佐に気の爆裂を浴びせたのですね?」
「スィ。」
「無茶だ・・・」
「恐らく2人の男性は、”操心”で中佐の記憶を消したかったのでしょう。でも口論の最中にそんなことは不可能です。中佐の最後通告を聞いて、どちらかがラバルを守る為に中佐を襲ったのです。」

 

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