2022/03/25

第6部 七柱    10

  ガルソン中尉から聞いた話をケツァル少佐に語って聞かせると、彼女は「面白い!」と言った。テオは久しぶりに彼女と2人きりでバルで飲んでいた。

「東海岸の伝説が、西のオエステ・ブーカ族に伝わっていたなんて、考古学の盲点でした。」

 彼女は苦笑した。考えてみれば、カラコルの町を建設したと言われているマスケゴ族もオルガ・グランデ近辺で前世紀末迄居住していたのだ。彼等を雇ってカラコルの仮館を築いたブーカ族の家系は、恐らく歴史のどこかで消滅したか、オエステ・ブーカの中に溶け込んでしまったのだろう。そして同じ言語を持つオエステ・ブーカがその伝承を受け継いだ。

「オエステ・ブーカ族も元は東海岸地方に住んでいたんだろ? カラコルを築いたブーカ族の移動とオエステ・ブーカ族の移動はどっちが先だったんだろう? オエステ・ブーカ族の方が後だったら、カラコルが沈んだことを施工主のブーカ族よりよく知っていたんじゃないのか?」
「知っていても、何故沈んだのか、仕組みは知らなかったでしょう。原因がマスケゴ族の細工だとわかっていただけだと思います。」

 少佐はクエバ・ネグラのバルでアンドレ・ギャラガがクラッカーで作って見せた模型を思い出した。

「アンドレの仮説では、町の地下に巨大な水槽があって、町は水槽の蓋の上に築かれていた、と言うものでした。」
「水槽?」
「カラコルが外国船に売っていたのは、森で採れる産物と真水だった、と地元の漁師が言っていました。それでアンドレは地下に貯水槽があったと考えたのです。クエバ・ネグラには大きな川がありません。船に売る程の湧水もなさそうです。」
「だが、セルバは地下に川が流れていることがよくある・・・」
「そうです。海の底に川が流れているなど聞いたことはありませんが、陸の地下川から水を引いて貯めることは出来たかも知れません。元からあった天然の地下洞窟を加工して貯水槽として利用したと考えることが出来ます。」
「施工主のブーカ族はその貯水槽を敵の来襲に備えて崩壊させる仕組みを造った? しかしそれを使うことなく彼等と職人集団のマスケゴ族は引っ越した。やがて”ティエラ”があの土地に住み着き、仮館を神殿か貿易の倉庫として使っていた。だが彼等が繁栄に奢って神聖なジャガーを外国に売り渡そうとしたので、ママコナの怒りを買い、セルバ中の”ヴェルデ・シエロ”の呪いを受けることになった・・・」
「古代の仕組みがその呪いで役目を果たしたのか、それとも呪いが起こした地震で仕組みが相乗効果を生み出したのか、恐らくマスケゴ族に訊いても答えは出ないと思います。彼等もその場にいた訳でありませんから。」
「こんな時、タイムトラベルが出来ればと思う・・・」

 テオはふと気難しい同居人の顔を思い浮かべた。時間跳躍をするオクターリャ族の英雄だ。しかし彼が口を開こうとした瞬間にケツァル少佐が怖い顔で言った。

「駄目です。10世紀以上も昔の世界に跳ばせるなんて、危険極まりません。アスルを跳ばすことは許しませんよ。」
「想像しただけだ。」

 テオは憮然としたふりして言った。 時間跳躍そのものが確かに危険行為だ。過去に行くのは簡単らしいが、戻って来るのにエネルギーを大量に消費するのだと以前聞いたことがあった。1200年も跳んだら命に関わるだろう。

「冗談でも彼に跳んでくれなんて言わないさ。あいつ、時々ムキになるからな。」
「わかっているのでしたら宜しいです。」

 少佐は時計を見た。

「明日も大学でお仕事ですか?」
「試験本番迄学生と接触しない様にしている。だから明日は図書館に行こうと思っている。」
「一緒にロカ・エテルナ社へ行きませんか?」

 テオはドキドキした。

「ムリリョ博士の息子に面会するのか?」
「一応約束を取り付けてあります。」
「何時に何処へ?」
「930にカフェ・デ・オラスで落ち合いましょう。」


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