2022/03/26

第6部 七柱    11

  ロカ・エテルナ社本社屋はグラダ・シティのオフィス街にあった。白い大きな渦巻き型のビルを見た時、テオはイメージしていた建造物と大きくかけ離れていたので戸惑った。ムリリョ博士の息子の会社だから、もっと古い歴史あるコロニアル風のビルだと思っていたのだ。オルガ・グランデのアンゲルス鉱石本社もハイカラだったが、ここはさらに上を行っている。エントランスがガラス張りで、中に入ると緑の植え込みと噴水があった。それからガラスの自動ドアを通り、守衛と受付職員がいるロビーに入る。広くて天井が高い開放的空間だ。ロビーにはカフェまであった。まるでシティ・ホテルだ。壁には過去に手がけた建築物の画像をプロジェクターで映写しており、模型も展示されている。
 ケツァル少佐は真っ直ぐ受付に歩いて行き、緑の鳥の徽章とI Dカードを出した。

「大統領警護隊文化保護担当部ミゲール少佐です。」

 テオも急いで大学のI Dカードを出した。

「グラダ大学生物学部遺伝子工学科准教授アルスト・ゴンザレスです。」

 受付の女性職員は手元のタブレットを軽くタッチした。そして顔を上げ、笑顔を見せた。

「社長から指示を得ております。ご案内しますので、暫くお待ち下さい。」

 少佐は頷き、テオを促して近くのソファへ行った。並んで座り、ロビー内を見回した。

「建設会社って、普段からこんなに客が多いのかな?」
「恐らく傘下の企業の営業マン達でしょう。下請け仕事を得る為に足繁く通っているのです。」

 確かに出入りしているのは、スーツ姿のビジネスマン・ビジネスウーマン達だ。建設に直接携わる職人は見当たらなかった。
 スーツ姿の先住民の女性が近づいて来た。

「ミゲール少佐、それに・・・ドクトル・ゴンザレス?」
「ドクトル・アルストで結構です。」

とテオは言った。社長の秘書かと思ったが、彼女は右手を左胸に当てて自己紹介した。

「カサンドラ・シメネスです。アブラーン・シメネス・デ・ムリリョの妹で、副社長をしております。」

 それで少佐とテオも同じ作法で挨拶した。カサンドラはテオが以前大学病院の庭で出会ったコディア・シメネスの姉だ。妹より眼光が鋭く、ビジネスに生きる活力を見出している女性と思えた。
 少佐とテオはカサンドラ・シメネスに案内されてエレベーターに乗った。エレベーターは低速で、ガラス張りで上昇している間、社内の様子がよく見えた。渦巻きの中は各階が仕切りのない開放的なオフィスに見えた。もっともガラスの壁が中にあるのだろう、とテオは思った。ブラインドを閉めている箇所もあったので、そこは新規の設計などを行っている部署に違いない。
 社長のオフィスは最上階ではなかった。最上階は社員食堂なのだとカサンドラが説明した。予約すれば結婚式などで社員が貸切で使用することも出来るのだ、と彼女は自慢気に語った。
 社長や重役のオフィスは3階にあった。面白いことに、この階のオフィスは偏光ガラスを使われた壁に囲われており、通路から中が見えないようになっていた。カサンドラはドアをノックしたが、形式的な動作に思えた。多分、気を発して社長に客を連れて来たことを伝えただろう。彼女はドアを開き、客に中へどうぞと手を振った。少佐とテオが中に入ると、彼女は入らずにドアを閉じた。
 アブラーン・シメネス・デ・ムリリョは床から天井まで広がるガラス窓から街並みを眺めていたが、客が入室すると振り返った。少し頭髪に白いものが混ざっていたが、ムリリョ博士を20歳若くした様な頑固そうな顔付きの男性だった。
 再び伝統に従った挨拶が交わされ、少佐が面会要求に応じてもらえたことを感謝した。アブラーンが言った。

「クエバ・ネグラ・エテルナ社のカミロ・トレントから報告を受けて、いつか貴女が来られるだろうと思っていました。」

 そしてテオを見た。何故白人を同伴しているのだ? と言う疑問をテオは微かながら感じ取った。しかし相手が触れないので、作法として黙っていた。
 ケツァル少佐もアブラーンがテオの存在に疑問を抱いたことを察したが、無視した。彼女は単刀直入に要件に入った。

「サン・レオカディオ大学のモンタルボ教授から奪った海底の映像から何かわかりましたか?」

 アブラーンが言った。

「私はモンタルボから何も奪っていません。トレントが勝手にやったことです。」
「でもトレントは貴方に媒体を送ったでしょう?」

とテオはつい口出ししてしまった。少佐は彼を無視して、アブラーンも彼を無視した。少佐が質問を少し変えて繰り返した。

「貴方がカミロ・トレントに探れと指示して、トレントが探りきれずにモンタルボから強奪し貴方に送った、海底の映像から何かわかりましたか?」

 

0 件のコメント:

第11部  紅い水晶     19

  2台目の大統領警護隊のロゴ入りジープがトーレス邸の前に到着した時、既に救急車が1台門前に停まっていた。クレト・リベロ少尉とアブリル・サフラ少尉がジープから降り立った。2人は遊撃班の隊員で、勿論大統領警護隊のエリートだ。サフラ少尉が一般にガイガーカウンターと呼ばれる放射線計測器...