2022/03/11

第6部 水中遺跡   20

  その週末の軍事訓練は、マハルダ・デネロス少尉のオクタカス遺跡発掘隊監視業務の報告会だった。”心話”で指揮官ケツァル少佐に報告したが、文書化すると色々と私観が入っていたことも気付かされ、デネロス自身から反省会の申し出があった。それで大統領文化保護担当部はセルバ国立民族博物館の研修室を貸し切って、オクタカカス遺跡発掘状況報告会を行った。これはデネロス少尉にはかなり緊張を要する「訓練」となった。文化保護担当部の仲間の他に博物館の学芸員達も出席したのだ。ヴェルデ・シエロはいないので、普通の人間を相手に発掘行程や出土品の解説、作業員の待遇、発掘隊の考古学者達の研究などを説明した。
 前回の発掘で見つかった有力者の邸宅跡から大量の生活道具が出土したことや、庶民の住宅も多数確認され、オクタカスは豊かな街であったことが推測された。そして前回落盤事故(と公式には発表されている)で崩落した古代の裁判所「サラ」の発掘作業も報告された。

「恐らくオクタカスに近隣の村などから罪人が集められ、審判にかけられる迄勾留されていたと考えられ、拘置所に相当する施設を探すことが次回の課題となった様です。街の賑わいは、それらの罪人を連れてきた役人や兵士の宿泊施設や店から成り立っていたと考えられます。つまり、オクタカスは商業都市でも宗教都市でもなく、裁判所で繁栄した稀な街だったと推測されるのです。」

 デネロスの遺跡に関する解説が終わると、忽ち学芸員達から質疑が浴びせられた。デネロスは一所懸命考え、応答していった。ケツァル少佐は彼女の落ち着きと慎重さに満足気に見えた。ロホは一度だけ訪れた遺跡を思い出し、異様な雰囲気の洞窟通路やテオドール・アルストに普通の人間ではないと見破られた苦い経験が今では良い思い出になったなぁと、年寄りの様な感慨を抱いた。アスルは陸軍警備隊の撤収を監督して来たところだったので、明日の日曜日は暢んびり寝ていたいなぁと思っていた。ギャラガは自分も早く遠隔地の現場に出て一人前になりたいと強い願望を抱いていた。
 考古学的報告が終了して、学芸員達が研修室から出て行くと、大統領警護隊は警備と監視の報告と反省を行った。作業員の中で出土物をちょろまかそうとした人が2人程いて、デネロスは彼等を見つけ次第解雇した。場所によっては罰金や禁固刑になるのだが、オクタカスの村の住民だったので、今後の雇用のことを考え、厳重注意と解雇で許した。監視が小娘だと舐めていたら、やっぱり大統領警護隊だ、と思い出させてやったデネロスは、一人で森の中を歩き、野豚を仕留めてキャンプに帰り、男達を仰天させたのだった。
 アスルは警備兵の中に隠れて喫煙していた者がいたと指摘した。喫煙禁止ではないが、喫煙場所を守らないのは良くない。山火事の原因になるのだ。デネロスはタバコの臭いに気が付かなかった。喫煙場所で吸った兵士と臭いが混ざってしまったのだ。

「時間の経過による臭いの減少具合を覚えないといけないな。」

と先輩に指摘され、デネロスは反省した。
 最後にアスルがイェンテ・グラダ村跡の報告を行った。ケツァル少佐とカルロ・ステファン大尉が長老会の護衛で訪問した時期より数ヶ月経って、村跡はさらに密林に飲み込まれていた。もうそこに人間の営みがあった場所とは誰も思わないだろう。斜めに生えた楡の木も、墓とは思えない。ヘロニモ・クチャは誰にも邪魔されずに故郷の土に還ったのだ。
 報告・反省会が無事に終わり、研修室を片付け大統領警護隊は通路に出た。そこに、館長が立っており、一同は不意打ちを食らった。

「サン・レオカディオ大学のリカルド・モンタルボがカラコルを見つけたと言っておるそうだな?」

 いつも顰めっ面をしているファルゴ・デ・ムリリョ博士が、相変わらず気難しそうな顔で訊いて来た。ロホが訂正した。

「モンタルボ教授は伝説のカラコルの一部ではないかと思われる水中遺跡を発見したのです。」
「カラコルであると言う確証はないのだな。」
「発掘許可を出していませんから、本格的調査はまだです。」

 口をへの字に曲げてムリリョ博士は去って行った。セルバ考古学界の大御所の背を見つめる大統領警護隊に、博士の秘書が話しかけた。

「サン・レオカディオ大学が資金集めに積極的活動を始めたのです。それは構わないのですが、カラコルの遺跡を発見したと言う触れ込みなので、博士はご機嫌斜めです。」
「カラコルが発見されると都合が悪いのですか?」

とデネロスが無邪気に質問した。秘書が肩をすくめた。

「今までセルバ考古学界が手をつけなかった海底で見つけたから、面白くないんじゃないですか?」

 苦笑する大統領警護隊を置いて、彼女は急いで博士を追いかけて行った。

 

0 件のコメント:

第11部  紅い水晶     19

  2台目の大統領警護隊のロゴ入りジープがトーレス邸の前に到着した時、既に救急車が1台門前に停まっていた。クレト・リベロ少尉とアブリル・サフラ少尉がジープから降り立った。2人は遊撃班の隊員で、勿論大統領警護隊のエリートだ。サフラ少尉が一般にガイガーカウンターと呼ばれる放射線計測器...